短編集
□合鍵
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目の前にあるのは三ヶ月前に一人暮らしを始めたばかりの兄の部屋の合鍵。「いつでも遊びにおいでよ」と言われて渡された。
部屋に遊びに行った事はある。でも呼ばれたから行っただけで、自分から行った訳じゃない。
(………今日くらいは…)
「うーん…」
部屋の前まで来たはいいけど、いざ此処まで来ると躊躇う。開けるべきか、開けざるべきか…。
持っていた箱に視線を落とす。たまおが「美味しい」と言っていたケーキ屋さん。今日は特別な日だし初めて自分から部屋を訪れるからと買ってきたもの。中身はカシスケーキと抹茶のケーキ。ハオがカシスで自分が抹茶。それぞれをイメージして選んだ。
反対の手には合鍵が握られている。手を開いてそれを見つめる。
「………よし、やっぱり止めよう。ケーキはたまおへの土産だ」
今更改まる柄でもないと自分に言い聞かせて一人大きく頷く。
「葉?」
よく知った声だ。その方向を見るとそこにはハオが居た。
「葉じゃないか、どうしたんだい?初めてだね、君から来てくれたのは」
…帰るタイミングを失った。ハオの部屋の前だから当然だけど、本人の登場に驚いて身動きが取れない。
そんな葉とは対照的に近付いてくるハオは葉の掌に乗った合鍵を見付けて嬉しそうに微笑んだ。
「取り敢えず部屋に入ろうか、その合鍵でさ。僕両手塞がってるから開けてよ」
悪びれる様子もなく、ポケットに両手を締まったハオに溜め息が出そうになるが、素直に鍵を開ける所は葉らしい。
部屋に入るなり壁に押し付けられた。
「で?用事は何?それもさっきから気になってたんだよね」
ハオが指差したのはケーキの箱。流石にこれまでは騙せないと観念した葉が切り出す。
「今日は誕生日だろ?…オイラたちの。だから買ってきたんよ」
葉の言葉に目を丸くするハオ。誕生日と言うのを忘れていたのと、まさか葉が祝いに来てくれた事に驚きと嬉しさを隠しきれない。
ゆっくりと葉を抱き締めて額に口付けを一つ、肩口に顔を埋めた。葉はそれだけで赤面する。
「………全く…」
「何か言ったか?」
「いや?折角だしケーキ食べようか。あとで葉も頂くけど」
「!」
更に顔が明るくなった葉を見てまた笑った。
(嬉しいんだよ、君と一緒の誕生日がね)
end