卵が壊された話

□卵が壊された話
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とある街にそれはそれは見目麗しい男がいました。
誰もが振り返り、誰もがうわさしました。

男はひとりでした。
いつもいつも、乾いていました。

男はいつものように、ふらりと市場を散歩していました。

男は老婆にはなしかけられました。

「そこいくひと、そこいくひと」

「なにか」

「これはいかがかね」

それは、おおきな、おおきな、卵でした。

ふしぎと、みりょくのある、卵でした。

「かおうか」

男は、卵を買いました。


家に卵をつれかえり、しげしげとながめました。

テントの奥の奥、光がさしこむ場にすえました。
やわらかな卵の台座に座らせました。

その台座のそばにねそべり、男は話しかけました。

「卵よ、卵」


次の日、男は市場を散歩しませんでした。

卵のそばに侍っていました。

「卵よ、卵」


次の日、男は市場を散歩しませんでした。

卵のそばに侍っていました。

「おまえよ、おまえ」


男は、卵を愛しはじめました。

男は、卵に愛を囁きはじめました。

「愛している。卵よ」



いつもいつも、市場をうろつく女がいました。
誰もが振り返る。誰もがうわさする。
それは、それは、美しい女でした。

女の目当ての男は、ある日突然、市場から居なくなりました。

「ああ、あなた。あなた」

女は市場をうろつきました。


男はある日、ふと卵から離れました。

市場を以前のように散歩しました。

男は、女に会いました。

「ああ、あなた。どうしていなかったの?」

男は、気持ち悪いとおもいました。

無視しました。

「ああ、あなたっ」


次の日、男は、市場を散歩しませんでした。

「おまえよ。おまえ、愛している」

いつものように、卵に愛を囁きました。

その姿を、女がみつけました。
テントの隙間から、覗き見たのです。

「ああ、なんてことっ」

女は呟きました。


次の日、男は市場を散歩しました。

次の日、女は市場をうろつきませんでした。


男は、卵を売ってくれた老婆にはなしかけられました。

「そこいくひと、そこいくひと」

「なにか」

「やや、このあいだの」

「おや、その節は、ありがとう、婆」

「悪いことはいわない。かえりなさい」

「なぜだい?」

「卵の元へ、かえりなさい」

「そうしよう」


その日、男は、早めに、家に帰った。


「無い!!!!!」

探しても、捜しても、卵が見つかりません。

男は、市場へ彷徨い出ました。

「卵……、卵……」

うわごとのように、男は呟きました。

「卵……、卵……」


ふと、突然、つんざく音が聞こえました。

「あなた!!!」

びくっと、男はふりむきました。

「きてくれたのね! あなた!!」

女が喜び勇んでかけてくるところでした。

男は逃げました。

「卵をおさがしではなくて!?」

男は、立ち止まりました。


「わたくしが、こわしましてよ!」

男は、その歓びに勇んだ笑顔を決してわすれませんでした。
 

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