marry me - V

□はんぶんこ
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「どうした、ひよ…」
「ひよりもたべたいー!」
「は?」
「パパばっかりずるい! ひよりがみつけたの、ひよりもたべたい!」
「ちょ、ちょっと待ってって、ひよ、こら!」

大和の静止もどこ吹く風、ひよりは父の手からわらびもちを奪おうとするべく体ごとでアタックを開始してくる。
さっきまでの相思相愛風景はどこへやら、急展開の修羅場と化したリビングでは、父娘の激しいやりとりがしばらく続いていた。

「パパにって買ってくれたんじゃねーのか!」
「そうだけどー! ひよりもたべたくなったの!」
「だからってな、こら、あぶねぇっての!」
「わらびもちたべるのー!」

「…ちょっと、何やってるのー?」

1度は一緒にリビングに入ったものの、大和とひよりのあまりのラブラブっぷりに一旦キッチンへと避難しながら夕食の用意を…と動いていたぶう子が、怒るでもなく呆れながら2人を嗜める。

「ママー、パパがわらびもちくれないぃー!」

半べそ状態で母親に泣きつくひよりに、それは卑怯だぞと大和は口にするけれども、それが通用するようなひよりではない。
どうあがいてもパパが悪い、と言わんばかりの理論で責め立てる娘に、怒るよりも哀しみが増して、大和はがっくりと肩を落としてしまう。
ぶう子はひよりの言い分を聞きながらも、しょぼくれた夫の様子もしっかり視界に収めていて、やれやれとため息を落とした。

「ひより、あれはパパに、ってひよりが自分で言ったんでしょ? 食べたいなら今度買ってあげるから」
「やだ! ひよ、いまたべたいのー!」
「もう…」

言い出したらテコでも聞かないのは子供だからか、ひよりだからか。
困った、とぶう子が息を落としていると、さっきよりは幾分消沈気味の大和の声がひよりを呼んだ。
膝へおいで、とポンポンと膝を叩く仕草を見て、ひよりは少し迷った様子を見せたけれども。
別にこれしきのことで嫌いになったりしない、むしろ大好きな父親だからこそ。
おずおずとふくれっ面のままで大和の元へ近づいてよいしょ、と膝の上に座り込んだ。

「泣くなって」
「ないてないもん」
「…はいはい。…んじゃ、これ、泣いてないご褒美な。あーん」

条件反射というか。
あーん、と言われた瞬間に口をぱかっと開いたひよりの口へ、プラスチックのフォークに刺さったわらびもちが放り込まれていく。
小さな口でもぐもぐと一生懸命噛んでいる姿を見てしまうと、これで良かったんだと思えるくらい至福を感じる。
大和は小さな彼女の頭をよしよしと撫でながら、そんなことを思っていた。

「うまいか?」
「…うん」
「そっか」

泣き喚いた自覚は幼児ながらにもあるようで、大和からの問いに少し気まずそうにして頷くひよりだが。
そんな姿すら愛おしい、と大和は目を細めていた。




それから夕食の時間が来る頃にはいつも通りのひよりに戻ったし、わだかまりはないようだったけれど。
ぶう子がひよりを寝かしつけようとしていた時、パジャマ姿になったひよりは小幅な足取りで大和の元へ駆け寄ると、ぎゅっと父の首元へと抱きついた。

「どうした?」
「…んーん」
「ひより?」
「…パパ…、ごめんなさい、と、ありがと…」

蚊の泣くような声。
それでも、耳元で放たれた言葉と思いはしっかりと届いた。
だから大和は。

「今度はいっぱい買ってきて一緒に食べような」
「…うん!」
「ひより、寝るよ」
「はーい、おやすみなさい、パパ!」

小さな子供ながらに燻っていた思いはすっきり晴れたようで、ひよりはぶう子と一緒に寝室へと入っていく。
扉が閉まる直前、振り向いて笑顔で手を振る我が子に、思わず胸を撃ち抜かれるような衝撃を受ける。

「あぁやべぇ…ひよりが可愛すぎる…」

頭を抱えて吐き出すには親バカすぎる発言だとは思ったけれど。
嘘も偽りもそこには何一つない。

愛娘の可愛さに深く深く息を吐き出すと、ゴミ箱に放った大和はカラになったわらびもちのパッケージを思い返し。

(あそこのコンビニだな、よし、明日買ってくるか)

妙なやる気を出して一人うんうん、と納得する仕草を見せていた。


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