marry me - V

□はんぶんこ
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ジリジリと焦げ付くような暑さが続く日々。
保育園からのお迎えの帰り道、ただただ暑さにへこたれて歩くスピードも落ちてきた時、ぶう子は我慢出来ずに娘の手を引いて目の前のコンビニを指差した。

「ひより、ちょっと休憩してこっか」
「えぇーはやくおうちかえりたいー」

ふう、とため息をつくひよりも元気そうには見えるが、暑さは感じているのだろう。
家に帰ればエアコンが効いていて涼しいはずだと子供ながらに理解しての言葉かもしれないが、どちらかというと親の方がバテ気味で。

「アイス買ってあげるから!」
「…! いくー!」

現金なもので好物に惹かれたひよりは、帰りたがっていた手を逆にコンビニへと導くようにしてずんずんと歩みを進めていく。
我が子ながら食い気満々な様子を見てホッとするやら将来が心配やら…。
そうは思いながらも暑さに耐えられる気力もなくなっていたぶう子は、少し軽くなった足取りでコンビニへと入っていくのだった。


イートインスペースがあるコンビニで、一直線にアイスコーナーへと向かったのだが、なぜかひよりがそこへは見向きもせずにスタスタと別のコーナーへと歩いていく。
小さな背中にアイスはいらないのか尋ねれば、背中越しで「いる」と答えるから目的は失ってはいないようだが。
さらに他の何かをねだってきそうな展開はちょっと困る。
ぶう子は一旦アイスコーナーを抜け出して愛娘の後を追ったのだが、彼女がいたのはスイーツコーナー。

「ひより、アイス1個だけって入る時約束したでしょ?」

最初に約束を取り付けておかないと後々惨事に見舞われるのは自分。
そう思って先手を取っていたはずが、ひよりはそれを無視するような形でスイーツコーナーに立っている。
諌める口調でひよりに声を掛けると、愛娘はスイーツの中の1つを指さして目をキラキラとさせながら母を振り返った。

「ママ、わらびもちってかいてある! わらびもち、パパにかってあげようよ!」
「え?」

娘の視線の先にあるのはわらびもち、とひらがなで書かれたパッケージ。
水色で彩られた袋はやたらと涼しげで、更にはラムネ風味、と夏に持ってこいのフレーバー表示が為されている。

「ね、パパに!」
「…そうだね、じゃあ1個パパに買っていこっか」
「えへへー! パパよろこぶねー」

まだひらがなの読み書きははじめのはじめだと思ったはず。
それなのに「わらびもち」は間違えずに読むことが出来るのは、絶対に大和の教育のせいだな、とぶう子は密かに思わずにいられなかった。
そんな事情もあって素直にひらがなを読めることを喜んでいいのか分からなかったけれど、パパに、と開口一番話した娘の親思いの心にジン…としたのは間違いなかった。



仕事帰りの大和が帰宅するやいなや、ひよりにラムネフレーバーのわらびもちを差し出され、困惑しきりの大和だったが。
事の顛末をぶう子から聞くと、これでもかと言うくらい頬を緩ませた状態で愛娘をぎゅうっと抱きしめた。

「ひより〜ありがとうな!」
「えへへ、パパうれしい?」
「当たり前だろ! ひよりが買ってくれたからな!」
「お金を出したのは私です!」
「分かってる分かってる、ぶう子もありがとな」

娘からの手ずからプレゼントがよっぽど嬉しいのか、嫁のツッコミも軽く受け流した大和は、ひょい、とひよりを抱き上げた上でぶう子の頬へ軽くキスを落としていく。
突然の流れに唖然とするぶう子をよそに、自分もとねだる娘へと大和は願い通りに頬へキスをしてリビングへと歩いていく。
思わず苦笑いがこぼれるくらいの父娘のラブラブっぷりを見つめながら、ぶう子もまた細く息を吐き出しながら後をついて行くのだった。


そして、リビングのソファですぐにパッケージを開けた大和は、傍らにひよりを侍らせるような状態でわらびもちを食していた。

「パパ、おいしい?」
「あーやべぇ、めっちゃくちゃ美味い…これってやっぱりひよりのおかげじゃね?」
「ひよりのおかげ〜、えーそうかなぁ」

やたら褒めちぎられているのは感じるのだろう、ひよりは嬉しそうにして笑顔を浮かべていたけれど。
大和が食べ進めていくうちにその表情は、子供特有の少し拗ねたような顔になっていく。
元々数が入っているわけでもないそのわらびもちが残り一個になった時に、ひよりはついに行動に出た。

「…パパ」
「ん?」

来ていたシャツの袖をくい、と引っ張られ、備え付けのフォークで最後の一個に手をつけようとしていた大和の手が止まる。
引っ張られた袖の先から娘の顔を見やると、母親によく似た頬を膨らませて何かを訴えるような目で見上げられていた。





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