―――事の始まりは、今から大きく遡る。






私の家庭は経済的にかなり裕福で、でもごくごく普通で幸せな一般家庭の筈だった。



お父さんは某証券会社の社長。

お母さんは名家出身の所謂(いわゆる)お嬢様。



そんな二人は子供の頃からお互い婚約者だったにも関わらず、初めて顔合わせしたのが何と18歳の時に開かれたお見合いだったらしいの。



其れは子供心ながらにどうなんだろう。と私が思ってしまうくらいの疎遠さで。

だけど表面上はとても幸せそうな二人の姿に何の疑問も抱かず、毎日楽しく暮らしていたの。




そう、あの時‥までは。






―――其れはある日の事だった。




※見てはいけないモノを見てしまう幼少期の遥さん



遥「‥‥トイレ、行きたい」


寝る前にトイレへ行くのが習慣だったのに、其の日に限って私は夜中に尿意を催し起きてしまったの。


其れも今思うと皮肉な運命だと思うけれど。

でも、何も知らないままだったら私はもっと純粋でもっと無邪気なままで居られたかもしれない。




遥「あれ‥…??」


広い屋敷内はとても複雑な作りをしていて。

住人である筈の私でさえ時々迷う程だった。



しかも

夜中の屋敷はお化けでも出てきそうな程怖くて暗かったから。



遥「どうしよう…迷っちゃった‥‥」

じわりと、目尻から自然に涙が出てきた瞬間だった。




遥「あ!!」

だから、薄っすらと開いた扉の向こうから淡い光が漏れている事に気が付いた私は酷く安堵し


まるで助けを求める様に慌てて扉の方へと駆け寄ったのだけれど。



其処で目にしたモノは、子供ながらに驚愕せざるを得ないシーンだったの。





※彼女が見てしまったモノとは…




遥「う、そ‥!!」


其処に居たのは紛れも無く、自分の父親である男。


しかも、良く分からないけれど知らない女の人といけない事をしている様だった。





女「…‥ねぇ、大丈夫なの??こんな所で‥しかも奥さんと子供が居るんでしょう??」
父「大丈夫さ、家内は実家で療養中だし‥遥はまだ10歳だぞ??見付かったって分かりゃしないさ」
女「ふふ。じゃあ今夜は…奥さんにも子供にも遠慮しないで存分に楽しめるのね??」
父「そういう事さ」


女の人がお父さんの首筋に腕を回した瞬間、言い様の無い嫌悪感と不快感が胸を支配した。



更に



女「貴方も酷い男ねぇ。奥さんが可哀想」
父「いいんだよ、あんなつまらない女。俺には…君だけが必要なんだ」
女「そう、じゃあ‥早く奥さんと子供を捨ててね??」
父「あぁ、分かってるよ」



クスクスと、意地悪な笑みを浮かべて目を閉じる女の人をゆっくりと机の上に押し倒していく父の姿により一層の嫌悪感と不快感が渦を巻いて沸き起こったから。




遥「ッ///」


私は居た堪れず、其の場から逃げる様にして去ってしまったの。




止めて止めて。

あんなお父さん、私は知らない!!


知りたくも無い!!




なのに、父の存在は悉(ことごと)く私を苦しめた―――








※そして家庭は徐々に崩壊していき‥




父「いい加減にしろ!!」

バシン、という痛々しい音と共に私の頬に痛みが走った。




父「お前とあの女が居るから‥俺は自由になれないんだ!!クソッ///いっそ親子揃って死んじまえ!!」


そう、忌々しげに罵声を浴びせるのは私の父である筈の男だった。





※どうする事も出来ない非力な自分を呪う遥さん




遥「いたい‥」

ヒリヒリと腫れた頬よりも、胸の痛みの方がずっとずっと痛くて。


でも泣くともっとお父さんの機嫌を損ねて暴力が悪化するから、私は泣く事も出来ずにただ呆然と其の場に座り込んでいる事しか出来なかった。




父「此の役立たずの極潰しが!!死ねないなら早く出て行け!!そして何処へなりと消えちまえ!!」



お父さんは最初からお母さんの事なんてこれっぽっちも好きじゃなかったらしく。


結婚した後も夫婦仲は冷ややかで、でも世間体があるから暫くは仮面夫婦を演じて仲睦まじく装っていたみたい。


当然、私の事も好きじゃなかったみたいだけど血が繋がっている事もあって表面上は可愛がってくれていたから。


だから勝手に自分は両親に愛されていると思っていたのに―――



遥「ごめん、な‥さい」



其れでも、いざお父さんに愛人が出来るとまるで今までの優しいお父さんが嘘の様に居なくなってしまって。



こんな風に私達親子を煙たがって、暴力を振るう機会が多くなっていった。



だからかしら。


私より早い段階でお父さんの浮気に気付いて居たお母さんは心を病んでしまい、長い間療養生活を送っていた。



けれど私はお母さんさえ居れば其れで良かった。



優しくて、温かくて、私の事を世界で一番愛してくれるお母さんさえ傍に居てくれれば其れで良かったのに―――






それ、なのに。






※そしてついに‥





遥「おかあ‥さん??」


お母さんは浮気と暴力を止めないお父さんに絶望し、ついに自殺してしまったの。


ぶらんと宙に浮く、お母さんの華奢な体。

其の表情は言葉に表せない程壮絶で、余程現世に恨みを残しているかの様に生々しくて恐ろしかった事だけハッキリと覚えている。





※思わず嗚咽を漏らす遥さん




遥「なんで‥??どうして?!私を置いて‥一人で逝かないでよ―――」



ねぇ、お母さん。


貴方はどんな気持ちで首を吊ったのかしら??




もう生きているのが嫌になったから??

お父さんの事も、私の事も何もかも嫌になっちゃったから??

だから死んじゃったの??




でも、そうしたら‥





※父を激しく憎み、ついには男嫌いになってしまう遥



遥「う、うあぁあんんんっ///お母さん!!お母さんんんんっ!!」


私は独りぼっちになっちゃうんだよ??


其れでいいの??

お母さんは私の事、愛してくれていたんじゃないの??


私の事、此の世で一番大事に思っててくれたんじゃないの??





遥「やだよぉ!!置いていかないで!!私も一緒に連れてってよぉおおおお!!お母さぁんっ」



もう分からない。

何が本当で、何が嘘なのかも。



そして此の時思い知らされたの。


他人の心程得体の知れない怖いモノは無いって。


同時に、真実の愛も永遠の愛なんて存在しないって事に。






そんな私が貴方に出会ったのは、運命の悪戯か。


或いは気紛れなのか―――










※遥の目の前に現れたのは




出会いは最悪だった。



大輝「君が噂のアイドル、蝶間林遥なんだろう??」
遥「そうだけど‥」




第一印象は軽そうな男、其れに尽きた。



端麗な容姿、すらりと伸びた背丈、甘い低音ヴォイス。

女受けする要素を全て兼ね備えた彼は、あの一件以来極度の男嫌いになってしまった私からすれば嫌悪の対象其の物だった。



でも其れだけじゃないの。




大輝「俺の名前は前屋大輝。LCのメインヴォーカルだよ。宜しく」
遥「…‥‥」



今をトキめく超人気ユニット、『LC』のヴォーカル。


其れは言い換えれば、音楽業界でトップを狙う私達『ハニーミント』の最大の強敵であるという事。



だから



遥「…知ってるわよ」


そんな理由も相俟って、私は今日まで会った事も無い此の男に対して激しい嫉妬心とライバル心を抱いていたの。



でも、そんな敵意剥き出しの冷たい私の口調にも彼は全く動じる事無く



大輝「なぁ、俺の女にならないか??」
遥「…‥‥え??」


そう言って


不敵に笑っては、いきなり私に口付けてきたの。




遥「ッ///」


油断した。


でも、余りに急な出来事だったから私は一瞬自分の身に何が起きたか全く分からなかった。



そして直ぐ我に返っては



遥「ふざけないで!!貴方なんか…大嫌いなんだから!!」



勢い余って、思い切り彼の頬を叩いてしまったの。



バシン、と。



其れと同時に


悔しい!!

という感情が沸々と込み上げてきて、私は怒り任せに廊下を駆け出してやったの。



ダダダッ、と。


でも、此の時私はまだ気付いていなかった。


自分の感情に。

そして何より、男嫌いでキスしただけでも必ず嘔吐する私が彼に限って嘔吐しなかった事に。





だから、なのかなぁ。






※男嫌いだった筈なのに何時の間にか関係を結んでしまう遥




大輝「愛してるよ、遥‥」
遥「だいき、さん…っ///」


罠に嵌められて、見事彼の術中に堕ちた私は徐々に彼の虜になっていった。




遥「あぁあ、ダメ…そんなに奥に‥来られたら、ふぁああんんっ///」


初めて繋がった時は、頭が真っ白になるくらい凄く気持ちが良くて危うく気絶しそうになったくらいだった。


そして何度も何度も身体を繋げる度に、心と体がもっと此の人を渇望する様になっていって‥




※そして何時の間にか深みにハマってしまい‥




遥「んぁ、そこぉっ///いいのぉ!!もっと突いて、激しくおまん×してぇっ!!」
大輝「ッ、そんなに‥締め付けるなよ。気持ち良過ぎて‥出ちまう、だろ??」
遥「だ、だってぇ///」


いっそこのまま溶け合う事が出来たら良かったのに。



そんな事を思う様になってしまうくらい、私は此の人の愛に溺れて縋る様になっていったの。



でも、どんなに愛していようとどんなに愛されていようと信じる事なんて出来なかったから。

裏切られた時、捨てられた時に惨めな思いをして絶望するのが嫌だったから。





だから、最後まで貴方の愛に反発し続けるつもりだったのに―――




※幼い頃からずっと憧れていた欲しかった永遠を手に入れるのだった






遥「約束だものね。死ぬまで貴方の傍に居るって。でも‥貴方が居なくなったら私の生きる意味なんて無いから―――」


そんな私の強情さも、弱さも、貴方の愛の前では何の意味も成さない事に気付かされるのだった。




貴方の『死』という、代償を得て。





※本編へ続きます。

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