奇奇怪怪
□His view
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「彼等は何度も繰り返している」
どこかの部屋の1室。
その部屋の中には今声を上げた少年の他に7人の男女がいた。
1人の少女はベッドに腰をかけ、塗れた髪をタオルで拭いていた。
2人の同じ顔をした少年達は、その下のカーペットの上で青褪めている。
1人の赤茶色の髪の少年は、椅子に座って写真を見ていた。
1人の火傷の跡がある少年は、壁に背を預けて神妙な顔をしている。
1人の大人の女性は、ドアの前に立って冷や汗を流していた。
1人の大人の男性は、窓の外を凝視している。
その7人全員が、部屋の中心に座っている少年の声に耳を傾けていた。
「まるで、テレビゲームみたいにセーブとロードを何度も、何度も・・・ノーミスクリアのハッピーエンドに向かってね」
淡々と紡がれる言葉。
それに割って入る声もなければ、相槌もない。
周りにいる7人はただ黙って、彼の話を聞いていた。
◇ ◇ ◇
ずぶっ、
という音が聞こえたその時、谷垣紗那が腹に感じたのは痛みではなく、腹を殴打されたような衝撃と、それに伴ったような熱だった。
紗那「あぅっ・・・」
口から漏れる声。
途端、足から力が抜ける。
膝を折り、お腹を抱くように崩れ落ちたその直後―――目の前に立っているソレは、紗那の頭を片手で鷲掴みにすると、彼女の腹に突き刺した包丁を力の限りに引き抜いた。
床を染め上げる真っ赤な血。
紗那「うぶっ!」
灼熱の痛みの中で痙攣する自分の体。
手足が冷たい。力が抜けて動かせない。苦痛で、目の前が白かった。
頭から完全に血の気が引いて、周りの感覚が遠くなっていた。
それでも辛うじて、自分が頭を掴まれたまま床に放り出されたのが分かった。
冷たく硬い床の感触が背中と後頭部と、剥き出しの手に当たる。
紗那「・・・う・・・・」
気が段々と遠くなっていく。身体が冷たくなっていく。
ああ、死ぬんだな、とそう思った。
紗那「(また・・・やっちゃったなぁ・・・・)」
自分はまた、失敗してしまった。
紗那「(・・・ごめんね・・・・皆・・・。今度は・・・・次の世界では・・・もっと・・・・・)」
彼女はその目元に涙を浮かべて、口の中で最期に呟いた。
紗那「上手く・・・やるから・・・・」
◇ ◇ ◇
「何度失敗してもやり直せる。それはとても良いよね。何度もやり直して構わないのなら、ハッピーエンドになるまでずっと続けられるんだから」
でも、と少年は続けた。
「そこには大きな落とし穴がある」
彼が言わんとしていることを察した5人は静かに目を伏せたり、ぐっ、と唇を噛み締めた。
察せなかった女性と、カーペットの上に座っている片方の少年は眉を寄せたり、首を傾げた。
◇ ◇ ◇
悠香「あぁっ・・・!」
安城悠香はそこで悲痛な声を上げた。
目の前に広がる光景を見て思わず顔を両手で覆う。
頭から血を流して事切れている少年に折り重なるように、1人の少女が首から大量の血を流して亡くなっている。
その少女の手には、真っ赤に染まった包丁が握られていた。
悠香「(また・・・間に合わなかった・・・・!)」
肩を震わせ、彼女は大粒の涙を零す。
彼女はこうなることを知っていた。
この少年、郷田慎司が先に死亡すると、この少女―――大上華澄は自ら命を絶つ、と。
だから、そうなる前に―――と、急いでやって来たのだが結果は同じ。何も変えられなかった。
またこの2人を死なせてしまった。
血が乾いた真っ赤な床に悠香は膝から崩れ落ちる。
胸が、肺が、喉が痙攣して、空気をしゃくり上げた。
ごめんなさい。
泣きながら、心の中で何度も謝った。
幼馴染を失った悲しさと、苦しさ、そして情けなさと悔しさに胸を焼かれ、呼吸もままならなかった。
もう無理だ・・・。
そんな思いが、胸の中に広がった。
2人が死んだ今、自分はもう、この世界を続けられない。
薄暗闇の中でむせび泣く悠香の頭の中で、その思いはどんどん大きく膨らんでいった。
悠香「・・・・・・」
廊下に落ちる、湿っぽい沈黙。
そんな沈黙の末、悠香のすすり泣きは徐々に小さくなり、顔を覆っていた両手が、ゆっくりと下に降りていった。
現れたのは、泣くのを止めた顔ではなく、泣き腫らした虚ろな目。
その虚ろな視線がゆっくりと目の前に、冷たくなった華澄の左手にある1本の包丁に向いた。
のろのろと2人の亡骸に近付き、その包丁へと手を伸ばした。
震える手。震える呼吸。
華澄の血で染まった刃。その刃を―――自分の喉に。
悠香「くっ・・・」
激しく震える切っ先は容易く皮膚に触る。
痛みと、恐怖にまたぼろぼろと涙が零れ落ちる。
悠香「(瑠璃ちゃん・・・皆・・・・・ごめんね・・・。後は、お願い―――)」
ぶつっ、
刃の先端が、皮膚を破り、喉の固い肉の中に潜り込んだ。
◇ ◇ ◇
「何度でも繰り返す、それもそれまでの記憶全部だったり、断片的な記憶を持ったまま繰り返すってことは、それだけ精神的な疲労を蓄積させるってことだ。
体力的には問題なくても、精神は摩耗状態。心が折れたり、壊れたりしていてもおかしくない」
察せなかった女性と少年が同時に息を呑む。
「そして、頭の良い連中なら、心を守るために、精神的な疲労を防ぐために1人欠けた時点で自害でもして次の世界に向かうだろうね。
誰かが、ゲームのスイッチを切って諦めない限り・・・永遠にそれは続く。続いて行くんだ」
そこで、
その少年はこう問いかけた。
「〈君〉は、この負の連鎖を止められる?」
― 第一部 完 ―
The story is continued in the second story.