奇奇怪怪

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瑠璃「悠香・・・?紗那・・・・?」



自分以外、誰もいない更衣室。

一緒にいた2人の少女の名前を呼ぶも、返事は返ってこない。


窓の外に目を向けると、雨はいつの間にか止んでいた。



瑠璃「(うち・・・一体何時間寝てた・・・・!?悠香と紗那は!?)」



ドクドク、と。

不安で早まる心臓の音。


2人だけでなく、2人の鞄までないことからトイレに行ったわけではなさそうだ。

入って来た時に閉めた鍵が開いている。外から開けられたのか、中から開けられたのかまでは分からない。



瑠璃「あの黒いのが来た・・・?」


瑠璃「(ううん。それならうちを起こすはず・・・。

2人に何があったの?何処に行ったの?)」



疑問だらけの頭の中。


このままここで大人しく2人の帰りを待っているべきか、それとも2人を探すべきか。

相談する相手はいない。だから彼女は、一瞬で即決した。



瑠璃「うちを1人にするとかマジサイテー。あの2人、絶対殴る」



鞄を持ち、更衣室から出る。

不安こそあれど、迷いはなかった。


2人に何か良くないことがあったのでは、と考えてしまいそうになる弱い心を奮い立たせ、彼女は廊下の左右へ目を向ける。

薄暗い闇が広がっているだけで人影らしきものは何もない。



瑠璃「(悠香と紗那がトイレ以外に向かうとしたら何処だろう・・・)」



自分を残してまで行かなければならなかったところだ。重要な場所なのだろう。



瑠璃「(やっぱり放送室とか職員室かなぁ・・・)」



怖がりの紗那や、1度訪れた職員室で恐怖体験をした悠香が再びそちらへ行くとは考え難いが、それ以外に思いつかなかった。

しん、と静まり返った廊下を瑠璃は1人歩く。目的地は東廊下、そちらにある放送室と職員室だ。



瑠璃「(うぅっ・・・やっぱり廃校とか、夜の学校とか1人で出歩くもんじゃないね)」



人気のない校内。長い廊下。無機質に並ぶ窓。

がらんとした大きな空間が闇を孕むと、危険なほど寂しい。


壁を頼りに前へ進む。

階段の前を通り過ぎ、そのまま右へ。


4−2の教室の廊下側の窓には、相変わらずたくさんの手形がついていた。

あの窓から今にも手が飛び出してこないだろうか、と怯えながら4−2の前を通り過ぎる。


廊下の中程を進むと、壁を伝っていた手が柱時計にぶつかった。



瑠璃「時計・・・」


瑠璃「(そういえば、悠香が時間気にしてたっけ・・・?)」



1度放送室へ向かっていた時、この柱時計の時間を見て彼女が不思議なことを言っていたのを思い出した。

あの時、悠香は時間が変わっている気がする、と言っていた。自分と紗那は見間違いでは?とそれを否定した憶えがある。


それを思い出したからだろう。瑠璃は何とはなしに柱時計の文字盤を凝視した。

そして、―――絶句。



瑠璃「!?」



あの時に見た時間と今の時間が変わっていた。

悠香が疑問を口にした時の時間は、7時29分。対して今は、



瑠璃「3時・・・54分・・・・?ウソでしょ・・・?」



誰かが悪戯で動かした?

子供の自分達では文字盤に手なんて届かない。


わざわざ台を使って動かした?

それをする意図が分からない。


と、するならば、



瑠璃「本当に・・・勝手に変わってる?」



悠香の言っていたことは本当だったのだ。

これに気付いたから、彼女は更衣室から出たのだろうか?分からない。



瑠璃「っ・・・悠香、紗那、いないの?」



廊下の向こうに呼びかけてみる。返事は返ってこない。

鼓動がまた早く、大きくなる。


これ以上先に進みたくない、と震える足を無理矢理動かして、彼女は目的地を目指す。





東側廊下。

曲がる前に瑠璃は顔だけ覗かせてそちらの様子を伺う。人影は見えない。


まずは放送室の前へ行ってみる。悠香達と見た時同様、そこには鍵がかかっていた。



瑠璃「職員室かぁ・・・」


瑠璃「(行きたくないなぁ・・・)」



1度訪れた時、職員室のドアから手が出て来たと悠香が騒いでいた。

中に何かがいそうな気がする、とも言っていたはずだ。ドアを開けるのは止めた方がいいかもしれない。


多目的教室の前を通り過ぎ、職員室のドアの前へ。

コンコン、と1つノックをする。



瑠璃「だ、誰か・・・いる?」



意識を耳に集中させ、中から音がしないか様子を伺ってみる。

返事もなければ、物音の1つもしない。気配も感じない。



瑠璃「・・・・・・」



意を決して、職員室のドアに手をかける。

そのままドアを開こうとして―――







キィ、







瑠璃「!!」



廊下の奥から聞こえてきたドアが開く音。

背筋に薄ら寒いものを感じ、瑠璃はその場で固まってしまう。



瑠璃「(何・・・?誰・・・・?)」



奥にある部屋は何だっただろうか。1度訪れた時に見たはずだったが憶えていない。

今の音は1番奥の部屋からした気がする。


しかし彼女はそちらに目を向けられなかった。向けてしまうと、何かよくないものを見てしまう気がした。

まずい、と本能が告げる。



瑠璃「(ダメ・・・逃げなきゃ、)」



自分でも何故そう思ったかは分からない。だが、奥にいるものは絶対に嫌なものだ、という確信だけはあった。

更衣室に戻ろう、と身を翻した途端、ぞっと背中を冷たいものが這い降りた。それはまるで、濡れた空気が背筋を撫でていったような感覚だった。


身震いをしつつ、更衣室を目指して瑠璃は廊下を走る。足音が静かな校舎の中にこだまする。

左に曲がろうとした瑠璃の足が止まった。視界に入ったモノを見て、その場に凍り付いてしまった。


彼女の視界の先には、小さな窓があった。そしてそこには小さな影が。誰か―――子供がガラスに両手をついてこちらを見ている。

自分達よりも小さな影だ。そんな小さな子供が、こんなところにいるはずがない。1階ならまだしも、2階の窓になんてあり得ない。



瑠璃「(じゃあ・・・アレは何?)」



はっきりとした黒いシルエットが見える。

両手と額をガラスの表面に付けて、こちらを覗き込むようにしている。



瑠璃「〜〜〜っ!!」



声にならない悲鳴を上げて、瑠璃は近くにあった階段を駆け上がった。

3階に上って、そちらの西階段から下りて更衣室に戻ろうと考えたのだ。


踊り場で身を翻してそのまま3階へ向かう。

早く早く、と気を急かせながら手摺を掴み、ふと上げた視線の先、暗い階段の上に3階の壁が見える。

そしてもう1つ、―――小さな影。



瑠璃「!」



鼓動が鳴った。


階段の上にしゃがみ込んで、瑠璃を見下ろしている小さな影。薄暗い階段で、それがどんな人間なのかは分からない。

だが、子供だ。それだけは分かった。


階段を上り切ったところから、瑠璃を黙って見下ろしている。

瞬間、微かに耳の奥で、子供の笑い声が聞こえた気がした。



瑠璃「(何なの、もうっ・・・!)」



彼女は子供と睨み合ったまま、そろそろとその場を下がった。

ぱっと振り返り、一目散に階段を駆け下りる。1段抜かしで駆け下りて、そのまま1階へ。


真っ直ぐ廊下を駆け抜けようとして、彼女ははっ、とそこで足を止めた。

西階段の前で、黒い何かが起き上ろうとしていた。



瑠璃「(今度は何・・・?)」



思いながら後退り。


柱時計横の階段に飛びつく。今度は駆け上がり、2階へ向かう。なのに、この階段の上にも人影が。

踊り場に小さな影が蹲っていた。2階に戻りかけた足を返し、1階へと引き返す。退路を探して昇降口のドア、左右の廊下を見比べた。


そういえば、柱時計の近くにはもう1つ階段があった。それを思い出した瑠璃は、すぐにそちらの階段を駆け上がる。

2階に辿り着き、左右を確認。東廊下の方に真っ黒な影があった。


身長は瑠璃のお腹の辺りまでしかない。細い腕、細い足。明らかに、瑠璃よりも小さい子供のシルエットだ。



瑠璃「っ、」



彼女はじりじりと後ろへ下がる。子供の影はじっとしている。

2歩、3歩と後ろへ下がった時、その子供が動いた。細い手が上がって、こちらに向かって手を伸ばしてくる。

瑠璃はすぐさま回れ右をして、薄暗い廊下を駆け出した。走る彼女の背後で、ペタペタという足音がした。



瑠璃「(追いかけてくる・・・!)」



あれだけ階段を上り下りしたのだ。彼女の息はとっくに切れていた。



瑠璃「(足が、もつれそう・・・。皆、何処・・・・!?)」



4−2教室を超えて、左へ曲がる。

そのまま更衣室へ向かおうとして、堪らず後ろを振り向いた。



瑠璃「(いる・・・!)」



こちらへ向かって来る子供の影。

瑠璃はそこで更衣室を通り過ぎてしまったことに気付いた。引き返そうとして、そこで足がとうとうもつれ、盛大に転んでしまう。



彼女は背後を振り返る。子供の影がゆっくりと歩いて来る。



瑠璃「(逃げなきゃ・・・!)」



そう思うのに、足には全く力が入らない。ならば、と腕に力を入れて床を這う。

ちょうど彼女は更衣室ではない教室の入り口の前にいた。這って引き戸に飛びつき、その部屋の中に転がり込む。


飛び込んだ時、戸に貼られた〈理科準備室〉という文字が見てとれた。

中はカーテンがしてあるのか、それともそもそも窓がないのか、それさえも分からない程暗かった。


引き戸を閉め、座り込んだまま震える手で探ると、内側には鍵が付いていた。折れ曲がった棒状の鍵を伸ばして捻じ込むだけの簡単なものだったが、ないよりはマシだった。

ガタガタと震える手で鍵をかけて、瑠璃はようやく息を吐き出した。



瑠璃「(これでもう・・・大丈夫だよね・・・・?)」



息が上がって脇腹が痛かった。

しばらくその場に座り込み、自分の膝を抱いて息を整える。



瑠璃「(まだ・・・外にいるのかな?)」



あの子供の影は何だったのだろう。

悠香と紗那はアレに遭遇しなかったのだろうか。


呼吸が静まってから、瑠璃は外に耳を澄ました。誰かの声が聞こえないか、気配は感じられないかと全神経を集中させる。





その時。




ふいにコトッ、と音がした。



瑠璃「!(ビクッ」



驚いた拍子に背中が引き戸にぶつかって激しい音を立てる。

それに紛れてコト・・・コト、と音がする。何か、硬いものが動く音だ。それはすぐ近く、この部屋の中から間違いなく聞こえてくる。



瑠璃「(今度は何・・・?)」



もう足は動かない。

金縛りにあったように、自分の手足が思うようにならなかった。




カタ・・・コト、



瑠璃「(上・・・?上から聞こえる?)」



この部屋の、どこか上の方。

自分とは反対側の奥の方だ、と直感的に思った。


瑠璃は闇に目を凝らす。微かに見えたのは棚のライン。よく見てみると、部屋の両側に棚があった。その棚の上で音がしていた。


カタ、


小さな音に続いて、何かが砕ける激しい音がした。



瑠璃「えっ・・・?」



ガラスの砕けるような激しい音だ。それと同時に漂ってきた刺激臭。



瑠璃「(何・・・この臭い・・・・!)」



彼女には知識がなかった。

しかし、この部屋が何のために使われている教室なのかを思い出した時、その危険性に気付いた。


ここは理科準備室。

つまり、学校で使う様々な化学薬品が保管されているということだ。



瑠璃「(ヤバイ!ヤバイヤバイ!)」



すぐさま鍵を抜いて戸を揺する。しかしビクともしない。

背後で、またガラスの砕ける音がした。小さな液体の飛沫が、足元に飛んできた。刺激臭がまた1段と強くなる。



瑠璃「誰かっ・・・!誰かいないの!?助けて!!」



ガシャン!と、またガラスの砕ける音が響いた。

立て続けに落下して砕けるガラスの音。更に強くなる臭い。喉にも、目にも刺さるように染みる。息が苦しくなり、頭もくらくらした。



瑠璃「くっ・・・」



立て続けに後ろでガラスの砕ける音がした。しかし今の瑠璃には気にしていられなかった。

どれだけ揺すっても開かない引き戸。


次第に息が詰まり、耳鳴りと眩暈、そして酷い吐き気がした。



瑠璃「だ、れか・・・!」



言葉は続かない。






視界が明滅し、最後にぐらりと世界が揺れた―――・・・












To be continued...
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