奇奇怪怪
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『ここはね、―――過去だよ』
事務室の黒電話。
受話器の向こうから告げられた言葉に何か反応を返す前に通話は途切れてしまった。
最後に聞こえたのは、何かが潰れる生々しい音だけ。
ツー、ツー、と音を鳴らす受話器を華澄達4人は呆然と見つめる。
朱里「何・・・今の音。瑠璃・・・・どうなったの?」
3人「「「・・・・・・」」」
朱里「大丈夫だよね・・・?」
縋るように見つめてくる朱里に、華澄達は返事を返せなかった。
この場で誰一人として何がどうなっているのか分からなかった。
そもそもにおいて、線を切った電話が繋がるはずがない。ましてや過去になど。
しかし、受話器から聞こえてきたのは自分達の幼馴染である瑠璃本人の声で間違いなかった。彼女があんなタチの悪いイタズラやドッキリをするとも思えない。
拓篤は持っていた受話器を下ろす。
これは異常だ、と脳が目まぐるしく動く。
楓「急ごう。瑠璃が・・・皆が心配だ」
拓篤「・・・最悪の想像はしといた方がいいかもな」
朱里・楓「「!」」
華澄「、」
朱里「最悪の想像って・・・」
楓「止めろよ、こんな時に」
拓篤「こんな時だからこそだろうが」
楓「っ、」
朱里「ヤダ・・・。そんなのしたくない。皆だったら・・・・大丈夫。
だって、くーちゃんや慎司、カズだっているんだから・・・大丈夫に決まってる」
それはまるで自分自身に言い聞かせるように。
服の裾を握り締める彼女の背中を華澄が慰めるように擦る。
華澄「そうね。そう信じましょう」
拓篤「おい、」
華澄「まだ校内全部を見て回ったわけじゃない。皆が無事だっていう手掛かりが見付かるかもしれないじゃない。
勿論、無事じゃない手掛かりが見付かる可能性もあるけど・・・だからって、拓篤もすぐに皆が死んでるなんて決めつけたいわけじゃないでしょう?」
拓篤「・・・、」
華澄「最悪の想像をするのが悪いって言ってるわけじゃないの。それを他の人に強要させないで、って言いたいだけ」
拓篤「チッ・・・。分かったよ、勝手にしろ」
華澄「ええ、勝手にするわ」
楓「行けるか、朱里?」
朱里「うん・・・。早く、皆に会いたいもん」
重苦しい空気の中、4人は事務室を出る。
事務室の隣は職員玄関だった。校内の見取り図と教員の靴箱が置いてある。
そして、見逃せないものが1つ。
土間の中心にあるもの。それを見た4人の反応はそれぞれ。
華澄は軽く目を見開き、楓は「あ、」と声を漏らし、朱里はホッと胸を撫で下ろし、拓篤は眉を顰める。
拓篤「おい、誰だ。こんなところで焚火した非常識な奴は」
楓「非常識な奴の心当たりが多過ぎてさすがに特定出来ないな・・・(苦笑」
そう。そこにあったのは小さな焚火の跡だった。
水か何かで消されたのだろうか。板と割り箸のような細い棒の燃えかすと灰が残っている。
華澄「どうやって火をつけたのかしら・・・」
朱里「あ、ホントだね。誰かマッチとかチャッカマン持ってたっけ?」
楓「健矢とか慎司あたりなら持ってそうだな」
などと話し合う女子3人を放って、拓篤は職員玄関のガラスドアを確認する。
昇降口と同じく、押しても引いてもビクともしない。叩き割ろうとしても同じ。ヒビも何も入らなかった。
思わず舌打ちが零れる。
楓「やっぱり出られない?」
拓篤「ああ」
朱里「でも、皆・・・とまではいかないかもしれないけど、生きてる手掛かりはさっそく見付かったよ」
楓「そうだな。ここに来た誰かも、出られないことが分かって今後の話し合い?か何かを火を囲んでしてたんじゃないか?」
拓篤「火事になるかもしれねぇのに。何で火をつける必要がある」
朱里「それは・・・雨に打たれて体が冷えたから?」
拓篤「なら家庭科室のコンロでも、保健室の布団でもよかったはずだ」
楓「単純に明かりが欲しかったんじゃないか?ほら、そこの校内図を見るためとか」
拓篤「・・・・・・」
華澄「腑に落ちない、って顔ね」
朱里「謎解きは未来に任せればいいとか言ってたのにねー」
華澄「ねー(笑」
拓篤「ウゼェ」
心底ウザそうな顔をする拓篤と、クスクス笑う華澄と朱里。
楓は楓で校内の見取り図を黙々と(書くものが他になかったので)コピーした保険証の裏面に写していた。
楓「1階は後・・・この奥にある宿直室だけだな」
朱里「宿直室?そんなのあるんだ」
楓「まぁ、宿直制度は廃止されてるから部屋があるだけかもな」
華澄「そうね」
頷く彼女は既に宿直室の扉にペンライトを向けていた。
華澄「あの物置部屋みたいに鍵がかかってるわ」
朱里「じゃあ残りは2階と3階だね」
拓篤「・・・・・・」
彼は1人、職員玄関のガラスドアの向こうに見える外を眺めていた。
いつの間にか雨は降り止み、青黒い夜の闇に包まれようとしている。
外の景色は見えるのに、外には出られない。
たったのガラスドア1枚が分厚い鉄の扉のように思える。
拓篤「相手とその目的が分かればな・・・」
朱里「え?相手って?」
拓篤「俺達を超常的な力でここに閉じ込めた相手だ」
華澄「あらあら、目に見えないものは信じないんじゃなかったの?」
拓篤「信じちゃいねぇが・・・外に出られねぇ以上、常識的に考えて相手は人間じゃねぇだろ」
楓「ついに言いやがったな・・・!考えないようにしてたのにぃ・・・・」
拓篤「慎司達7人を見付けても外に出られなかったら意味がねぇ」
華澄「だから根本を絶ちたい?」
拓篤「ああ」
朱里「根本を絶つって・・・人間じゃないもの相手にどうやって?あたし達、除霊とか出来ないよ」
楓「菫(すみれ)と柚(ゆず)がいてくれたら・・・何とか出来たかもな」
それはもう2人の幼馴染の名前。
保育園から一緒だったその2人は去年の冬に親の都合で引っ越してしまった。
拓篤「菫はともかく柚は無理だろ」
華澄「いない人のことを言ってもどうにもならないわ」
楓「あたし達を閉じ込める目的って言ってもなぁ・・・」
朱里「勝手に入ったのがまずかったのかな?それで霊を怒らせちゃったとか」
拓篤「その理屈なら・・・俺達の他に登山に来た連中が迷い込んで閉じ込められてそうだな。
その連中を捜しにやって来た奴等ももれなく閉じ込められるってわけだ」
楓「けど、それだったらとっくに世間で騒ぎになってる。騒ぎになって取り壊されるか、山自体立ち入り禁止にされるはずだ。
そうなってないってことは・・・?」
華澄「迷い込んで閉じ込められた人がいないか、この山を運営してる人達が隠してるか・・・」
朱里「えぇ!?隠すなんて・・・そんなことある?」
楓「あたしもそれはないと思うな。行方不明になった人達の家族とかは黙ってないだろ?」
朱里「じゃあ、閉じ込められた人が他にいないってこと・・・だよね?あたし達だけが閉じ込められた理由って?」
華澄「分からない・・・。分からないのよ」
華澄「(ずーっとね・・・)」
何かを思い出しているのか、彼女はそこで下唇を噛み締めた。
拓篤「分からねぇことなら他にもある。さっきの電話だ。アイツ(瑠璃)・・・おかしなこと言ってやがった」
朱里は瑠璃が言っていたこと、受話器から聞こえてきた放送の内容を思い返してみる。
おかしなこと・・・
朱里「最後の言葉のこと・・・?」
拓篤「いや、」
楓「・・・〈そっちでは〉の方か」
拓篤「ああ」
朱里「うん、そうだよ。瑠璃達を捜してたんだ」
『うち等を?・・・そっか。そっちではそうなってるんだ・・・・』
朱里「何か変だった?」
楓「そっちでは、自分達が廃校に入ったことに対して、そんな騒ぎ―――とか、大ごとになってるんだ・・・だったら分かる。
けど、言葉通りに捉えるなら〈そっち〉、あたし達側と、〈こっち〉、瑠璃側は全く違うってことなんじゃないか?」
朱里「?つまり?」
楓「つまり、こっちの自分達側ではそうなってないけど、そっちの朱里達側ではそうなってるんだな・・・ってこと」
朱里「自分達の方では騒ぎになってないけど、そっちは騒ぎになってるんだ・・・って意味?」
拓篤「違ぇよ。捜されてる側の方が騒ぎにならねぇのは当然だろうが」
華澄「あら、帰れないって騒ぎになってる可能性もあるわよ」
拓篤「だったらそう答えるだろ」
楓「捜してくれてありがとう、自分達はどこどこにいる。とか、どこどこにいるから迎えに来て・・・とかな」
朱里「考え過ぎじゃない?」
楓「かもな。けど、その後の正の字の話もおかしかっただろ?」
拓篤「おい、瑠璃。お前、アレがどういう意味なのか知ってるのか?」
『・・・知ってる。だけど知らない。憶えてない・・・・』
楓「憶えてないって何だ?あの黒板を見たのは今日が初めてのはずだろ?」
華澄「・・・・・・」
朱里「そう言えば瑠璃・・・〈また忘れる〉って言ってた」
拓篤「諦めなきゃ何度だってやり直せる・・・とも言ってたな。それで最後のあの言葉だ」
華澄「、」
拓篤「“ここは過去だ”。その言葉を信じるなら、」
彼が言いかけた時だった。
どんっ、という低い震動が校舎全体を揺らした。
それはまるで、何か途轍もなく大きなものが校舎を駆け抜けていったような感覚。
突然のことにバランスを崩した朱里が尻餅をつく。彼女に腕を掴まれていた楓がそれによって土間に転んだ。
辺りを見回す間もなくもう1度震動が。
拓篤「っ・・・」
朱里「何・・・これ・・・・!?」
彼女の声と同時に、足音が駆け抜けていった。複数の足音だ。
しかもそれは明らかに、2階の廊下を奥から手前へと走っていく。足音と一緒に叫び声が聞こえた気がした。
楓「今の・・・聞こえた!?」
華澄「え、えぇ・・・誰かが、叫んでるみたいだった・・・・」
朱里「慎司達かな!?」
拓篤「行くぞ!2階だ!」
走り始めた彼等だったが、それはいくらも続かなかった。
どんっ、と。再び校舎を揺るがせる音がしたかと思うと、またも衝撃が駆け抜けていく。
震動に足を取られた華澄が横転する。楓が空いた手で彼女に手を伸ばした。
楓「(今離れちゃダメだ・・・!)」
どしん、と音が鳴り、窓ガラスが悲鳴を上げる。建物が歪んだのかもしれない、嫌な音を立てた。
続いて始まったのは激しい連打。
教室中の壁を、天井を、床を、外から大きなハンマーか何かで力任せに叩くような音がした。
全員が思わず耳を塞ぐ。
拓篤「く、そがっ・・・!」
真っ先に彼が動いた。階段はもう目の前だ。
朱里には、誰かが2階へ上ろうとする自分達を邪魔しているように感じられた。
楓に促されて壁にしがみつくようにして彼女は階段を上る。すると、乱打する音もついてきた。
衝撃に何度も足を取られ、階段から落ちそうになりながらとにかく上へ向かって急ぐ。
踊り場を超えて、初めて2階へ足を踏み入れる。
そうして、朱里と楓は見た。
目の前の廊下の先。一足先に2階へ辿り着いた拓篤が膝をつき、そこに倒れている誰かを抱き上げて必死に呼びかけている。
拓篤「おい、しっかりしろ!!
―――くるみ!!」
To be continued...
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