奇奇怪怪

□Another Prequel
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人通りの少ない裏道にその喫茶店はあった。

店の前には花や観葉植物が置いてあり、手入れも行き届いているようだ。

午前10時を回ったところの今、黒枠のガラスドアにはCLOSEDの札がかけられている。



その探偵はそんな喫茶店の店内のカウンターで1人、カップを拭いていた。


彼の目の前には初老の女性が座っている。

1枚の古い写真を見て涙ぐむ彼女に、相変わらずカップを拭きながら探偵が告げる。



「―――以上が、あんたから受けた依頼の報告結果だ」


「・・・そう。・・・・・・あの子、そんなことになってたのね」


「ああ」



数分の間、女性は静かに肩を震わせていた。

気持ちを切り替えるような深呼吸が聞こえてきたかと思うと、彼女はそこで「まったく・・・」と呆れ笑いを浮かべた。

必死に取り繕った笑顔だということは簡単に見て取れる。それでも探偵はそのことを指摘しない。その笑顔については触れない。



「ありがとう、探偵さん・・・。これで久しぶりによく眠れそうだわ」


「なら良かった」



フッ、と微笑し、彼は拭いていたカップと布巾を置く。

そうしてエプロンのポケットから1枚の紙きれを出した。



「調査費用の振込先はここに書いてある。これからも、どうぞ御贔屓に」


「ええ。・・・フフッ、けど、次は依頼人としてではなく1人のお客としてこの店に来たいわ」


「こちらとしてもその方が有難い」



それじゃあね、と言って女性は紙切れを持って店から出て行く。

探偵は、最後までその背を見送っていた。



「返事がないのも返事のひとつ・・・か」



とある知り合いの少女が言っていたどこかの国のことわざ。

ソレを口にした探偵は自虐的な笑みを浮かべ、再びカップを拭き始めた。


願わくば、今日こそは何の騒ぎも、何の依頼もない平穏な日になりますようにと―――・・・






そう願った瞬間だった。

ガラスドアが開き、そこについていたベルが鳴る。


入って来たのはリュックを背負った1人の少年。



「篁(たかむら)さん、いるー?」


「お前にはそこにかけてある札が読めないのか?」


「篁さん、ここは日本だよ?日本人の客をターゲットにしてるなら日本語で書かなきゃ」



悪びれる様子もなく、少年は勝手知ったるが如くカウンター席に座る。

篁、と呼ばれた探偵は眉間を押さえて首を振る。願い虚しく、もう騒ぎがやって来てしまった。



篁「お前、学校はどうした」



今日は平日。そして、この店は小学6年生のこの少年が通っている学校の反対方向に位置する。

リュックからノートパソコンをカウンターに出していた少年は平然と言葉を返す。



「義務教育っていうのは国や政府、親が子供に受けさせなければいけない教育であって、僕達子供の義務ではないからね」


篁「つまり、またサボったってことだろう?」


「世のサボりと一緒にしてほしくはないけど簡単に言うとそうだね。

でも大丈夫だよ、俺は成績いいから。学校でも真面目な優等生だし。体調不良って言えば誰も疑わない」


篁「なら家で大人しくしてろ。お前に教育を受けさせなきゃいけない義務を持った大人の俺を巻き込むな」


「篁さんはどうだったの?学生時代、本当に1度も学校をサボったことない?仮病も使ったことがない?」


篁「そんな人間だったらこんなところで喫茶店の店主兼探偵なんてやってない」


「そうかな?そんな人間だったらまず警察官にもなれてなかったと思うよ?そうでしょ、元警部補?」


篁「お前は俺を怒らせに来たのか?」


「まさか!そんな篁さんの目を見込んで相談に来たんだよ」


篁「頼むから帰ってくれ」


「自分を頼ってきた子供を突き返して良心が痛まない?」


篁「お前は俺を頼って来たんじゃない、俺を巻き込みに来たんだ」



今までもそうだ。

彼が持ち込んできた相談は全てトラブルに繋がっている。


少年が弄るノートパソコンを無理矢理閉じようと手を伸ばせば、少年はクルリと椅子ごと半回転しそれを阻止する。

挙句、見て欲しいものがあるんだ、と言ってキーボードを叩く始末。



「これ、どう思う?」



突き出されたノートパソコンのディスプレイ。

巻き込まれまいと篁は目を逸らす。しかし、次に少年から発せられた言葉で彼は目を丸くした。



篁「―――は?」



「ね、気になるでしょ」



ニコッ、と綺麗に笑う少年。

篁はしてやられた、とでも言う風にため息を吐き、ノートパソコンを見る。



「調べた記憶もないし、調べようと考えたこともないし、そもそもこんなこと知らなかったし、誰かに聞いたこともない。なのに、どうしてだろうね」



カウンターに頬杖を付き、彼は目を細める。



「篁さんも何か変わったことなかった?」


篁「・・・買った憶えのない数日分の保存食が棚いっぱいに入ってたりとかか?」


「狐でも助けたの?」


篁「道に飛び出してきたのを避け切れず轢いちまったことならある。ありゃ悲惨だったなぁ・・・」


「狐に仕返しされる側の人間だったか」



相手が鹿だったらこっちが死んでたかもなぁ、などと死んだ瞳で呟く篁を放って、少年は突き出していたノートパソコンを自分の方へ向ける。

その画面に映っているモノに軽く目を通し、最小化。新たにウインドウを開き、調べたいワードを打ち込もうとした時だった。


出入り口のドアが外から開き、ドアベルが冷たい澄んだ音を立てた。

入って来たのは長い赤茶色の髪に整った顔立ちをした少年だった。彼を見て、篁が肩を落とす。



篁「何でお前まで来る・・・」


「やっほー、久しぶり。君が朝出歩くなんて珍しいね。何かあった?」



入って来た少年は篁とカウンターに座る少年を見た後、店内を見回した。

自分達の他に人がいないことを確認しているのか、もしくは誰かと待ち合わせでもしているのか、そこまでは篁達にも分からない。


数十秒後、ようやく入って来た少年が返事を返した。



「ここに来れば何か分かると思ってね・・・」


篁「?」


「、何か・・・変わったことでもあった?例えば、そうだね。調べた記憶もない知らない事件を調べてたり、買った憶えのない保存食が家にあったり・・・とか、」


「注文したはずのないロープや工具が届いたりとか?」


篁「!」


「アハハッ、君もか。だとすると、巻き込まれてるのはきっと俺達だけじゃないね。

だって、誰かに頼まれでもしない限り俺達は自分に必要のないものを調べたり、買ったり、注文したりなんてしない」



くつくつと喉を鳴らして笑う少年。

入って来た少年はそれに同意するように頷いた。篁は天を仰いだ。



その時だった。

カウンターに座る少年のポケットの中で携帯が鳴った。それはまるで、役者が揃うのを見計らったかのように。


少年は携帯の画面を見る。知らない番号だ。通話ボタンを押す。



「もしもし」







『―――俺だ』







その声を聞き、少年は嬉しそうに顔を綻ばせる。

待ち望んでいたものがやって来た。


傍にいる篁と少年に聞かせるように彼はこう言った。



「何かあった?それとも、














―――これから何か始まるのかな?」












To be continued...

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