合わせ鏡

□◇砂に落ちた涙
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『今日最も良い運勢なのは、みずがめ座のあなた』


瑠依「あれ・・・?」



私・・・何してたんだっけ?

脳をフル回転させてみる・・・でも、何が何だか分からない。


テレビから流れてくるアナウンサーの声が私以外誰もいないリビングに響く。



「姉ちゃん、シャツのボタン取れた。また夜つけて」



制服姿の蛍(けい)がYシャツを片手にそう言ってリビングに入って来る。

夜更かしでもしたのかな?まだ目がとろんとしてて眠そう。



瑠依「おはよう。分かった、ボタン付けだけだね。袖がほつれてるのとかがあったら一緒にやるから出しといて」


蛍「ん、ありがと。姉ちゃん、ゴリゴリの格闘系女子だけど手先は器用だよね」


瑠依「悪かったな。ゴリゴリとか他の女の子に言うんじゃないわよ?」


蛍「大丈夫。姉ちゃん程のゴリゴリは俺の周りにいないから」


瑠依「蛍、まだ寝ぼけてるね。私が今覚醒させてあげるよ、ゴリゴリの1発で」


蛍「ごめんなさい」


瑠依「まったく・・・。ほら、早くご飯食べないと。遅刻するでしょ」


蛍「・・・今日は、行きたくないかも」


瑠依「何?テストでもあるの?言っとくけど仮病とサボりは許さないよ」



そうだ。

そういえば私、今日は日直で早くから先生に呼ばれてるんだった。私こそ早く行かないと。


ソファーの上に置いておいた鞄を手に取れば、急に後ろから腕を蛍に掴まれた。



瑠依「蛍・・・?何?どうしたの?」


蛍「行かないでよ・・・」


瑠依「は・・・?」


蛍「だって姉ちゃん、行ったら帰ってこないでしょ?」


瑠依「何言ってるの?別に友達の家に泊まる約束とかはしてないけど?」



それでも蛍は腕を放してくれない。

何なの・・・もう。私、急いでるのに・・・・










―――ルイ・・・









瑠依「(え・・・?)」



誰かが遠くで私を呼ぶ声が聞こえてきた。

ここは私の家。私の家族以外誰もいない。だけど今の声は家族の誰でもない声だった。


辺りを見回しても私を呼んだ人の姿は見えない。だけど、









ルイ・・・お願い。お――・・・・。









ハッキリ聞こえる。

これは・・・女の子の声?


何か・・・どこかで聞いたことがあるような気がするけど・・・・誰だっけ?


自然と私は声がした方に足を踏み出そうとした。だけど、今も私の腕を掴んでる蛍がそれを許さない。



瑠依「蛍・・・痛い。放し―――」


蛍「行かないでよ、姉ちゃん・・・。―――何処にも行かないで」


瑠依「!」



蛍のその顔は、今にも泣き出してしまいそうで・・・何がこの子をそんな顔にさせてるのか分からなかった。

私が悪いの・・・?








ルイ・・・!









瑠依「あ・・・」



遠くから私を必死に呼ぶ声。


思い出した。

この声は―――・・・









瑠依「―――カノンノ」









瞬間、


リビングが、この空間がバリンッと音を立てて崩れ去った。



瑠依「!」


蛍「どうして・・・」



真っ白い世界。

そこで私の腕を掴んでる蛍が顔を俯かせて呟いた。



蛍「俺達のことは思い出さなかったのに・・・何でそいつのことはすぐ思い出すんだよ・・・・っ」


瑠依「!!」



あぁ・・・そうだ。そうだった。

私は―――






「合気道っていう護身術習ってた姉ちゃんには必要ないと思うけど。

ってか、護身用にダンベル持ち歩いてる女子高生が俺の姉ちゃんなんて思いたくない」




「瑠依〜、蛍〜、ごめ〜ん。

今日、お弁当に入れるはずだった卵焼き焦がしちゃった」






真っ白な世界に、あの日の様子が映し出される。





「ちょっと瑠依、危ないよー」


「大丈夫。すぐ拭き終わるから」






真っ白な世界に、あの時の光景が映し出される。






「危ない、希空!!上!!」






真っ白な世界に、あの瞬間の光景が映し出される。



そうだった・・・。

私は榊瑠依、高校3年生。


夏休みに入る前の大掃除で3階の窓から落ちて、あの子を・・・ノアって子を下敷きにしたんだ。




瑠依「(行かなきゃ・・・)」





「我々はあの時、逃げることしか出来なかった・・・!その謝罪とお礼をしたいのです。

お願いします、アドリビトムの皆さん。ウリズン帝国に追われる彼女をどうか探していただけないでしょうか?」






あの子が、私のせいでそんなことになっているなら・・・私は償わなきゃいけない。

あの子を見付け出して一緒に―――



瑠依「蛍、私・・・行かなきゃ」


蛍「っ・・・」


瑠依「ファラの言った通りだった」




「・・・どういう状況で死を覚悟するのかにもよると思うよ。

例えば、凄く・・・取り返しのつかない失敗をして色んな人に、たくさん迷惑をかけてそれで自分の命が危なくなったら・・・・

やり残した事とか・・・生きたいとか・・・・そういうのを思うのは・・・難しいよ」





瑠依「記憶を取り戻すなんて・・・私だけが報われていいはずない」



真っ白な世界に映し出される榊瑠依の記憶。

きっとこれが走馬灯ってやつなんだと思う。


夢でも現実でもない世界。

だから、今私の腕を掴んでるのも蛍だけど蛍じゃない。私の弱い心が弟の姿を借りて引き止めてるんだ。


それでも・・・



瑠依「会えて嬉しいよ、蛍」


蛍「姉ちゃ―――」


瑠依「絶対帰って来る」


蛍「!」


瑠依「私はカノンノの・・・皆のところに行く。

だけど絶対、最後にはあのノアって子と一緒に戻って来る。だって、私の帰る場所は蛍達がいるあの家だもん」



そう言ったら蛍の手が離れた。

ふるふると唇を震わせて、それでも涙は流すまいと真っ直ぐに私を見てくる。


分かってくれてありがとう。



瑠依「行ってきます」



最後に蛍の頭を撫でると、「行ってらっしゃい」ってくぐもった声が聞こえてきた。

私は笑って応えて走り出した。


ずっと、私の名前を呼び続けてくれた―――アノ子の許に向かって。






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