合わせ鏡
□◆不思議な力
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―――01:15:37:54
ノア「いっ・・・〜〜〜っ!」
声にならない呻き声をあげて痛む左腕を押さえるとまた血が流れ出した。
ハンカチを取り出して、きつく縛り付けて止血をする。今は、こんなケガに治癒術は使えない。使ってやれない。
ノア「早くリオンと合流しないと・・・っ」
合流して、さっさとアイツを倒さないとこの船は・・・
―――沈んでしまう。
ノア「っ、」
水滴と血と一緒に額から疲労だとか痛みだとかで出た嫌な汗が流れる。それを拭って、僕は明かりがチカチカ点滅する通路を走った。
何でこんなことに・・・!
今日のコレも、昨日の出来事も全部トラブル吸引体質のこの僕が招いたことだって言うのか?
前兆も予兆もあの時には何もなかったじゃないか!
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―――24:12:17:03
ノア「じゃあ、僕はさっそくトレーニングルームに篭ることにするよ」
リオン「は・・・?」
リオンから星晶(ホスチア)のレプリカについて聞いて、
それを密輸してるトカゲの尻尾をしてる奴、もしくは奴〈等〉を捕まえて模造品の星晶を探す仕事を手伝ってくれ、
的なこと言われた後に僕がそう言ったらリオンは間の抜けたような顔をした。レア顔だね。
気にせずちょっとした荷物を持って「後のことよろしく〜」って手を振って言いながら出て行こうとしたら待ったをかけられる。
リオン「おい、待て。僕の話を聞いていたのか」
ノア「うん、聞いてたよ。捜索からの捕縛と発見でしょ?」
リオン「分かっているのならどうしてそんな行動をとる。ふざけているのか」
ノア「ふざけてないよ。だってほらさ、考えてみてよ」
リオン「?」
ノア「リオンがこの船に乗ってる理由は相手にもうバレてるんでしょ?だったらルームメイトの僕だって警戒されてるよ。一応、剣だって持ってるんだしね。
でも僕は昨日、今日とトレーニングルームで体動かしてるだけだった。だから君みたいに階段から突き落とされそうになることもなかった。警戒だって薄まってる」
僕が言わんとしてることが分かったのかリオンの顔色が変わった。
そういうことか、ってね。だから僕は頷いて言葉を続ける。
ノア「ここで急に船内を色々探索したりしたらその警戒がまた強まっちゃうんだ」
さっき食堂で話してたからもう既に強まってるかもしれないけどね・・・。
リオン「だから同じ動きをする、ということか」
ノア「そう。僕と君には何の関係もありませーんって相手に知らしめるためにね。
そしたらきっと、本当に僕が無害かどうか確かめにトカゲの尻尾か、それに利用された誰かが近くに現れると思うんだ。そこを叩く」
リオン「フッ・・・何でも屋を名乗っているだけはあるな」
ノア「お褒めに預かり光栄です(笑
だから君には残りの連中の見極めを頼むよ」
リオン「、何故相手が複数だと思う」
ノア「僕がレプリカを流す側の上の人間だったら、絶対トカゲの尻尾が上手くやるか誰かに見届けさせるからだよ。
だって持ち逃げされて勝手に個人で売り飛ばされたらたまったものじゃない。それどころか、その売買でヘマをやられでもしたら自分達の立場まで危うくなっちゃうしね」
そう言ったらリオンはニヒルに笑う。
あれ?僕・・・もしかして試されてたのかな?
リオン「信頼は出来ないが使える奴だということは分かった。僕は僕で動く。お前も好きに動け」
ノア「レプリカの方はどうする?その様子からして・・・どこにあるか目星はとっくについてるんでしょ?」
リオン「お前こそ僕の話を聞いてすぐに見当をつけたんだろう?」
ノア「勿論。木を隠すなら森・・・1番あっても不審に思われない、不自然じゃない場所に置いてるに決まってる。そんな場所、この船の中で1つしかない」
リオン「そっちを済ませるのは連中を捕まえてからだ」
ノア「まぁ、いつでも終わらせられるしね。それでいいよ。
けど気を付けてね。次は階段から突き落とされるだけじゃ済まないかも」
リオン「お前もな。・・・悟られるなよ」
ノア「イエス・サー」
ノア「(って言ってもなぁ・・・)」
ジムみたいに色んな運動器具が置いてあるトレーニングルームで準備体操をしながら僕はため息を吐いた。
この部屋にいるのは5人の男女。僕が入る前からいたのは20代くらいの若いカップルと40代ぐらいの細マッチョなおじさんの3人。
カップルは2台のランニングマシンで走りながら会話(何を話してるかは聞こえないけど)をしてる。
おじさんはペッグデックで胸筋を鍛えてる。目を閉じて、自分の世界に入ってる感じ。
後から来た2人は小学生ぐらいの男の子とそのお父さん。
ベンチプレスに興味津々な男の子にお父さんがどんな器具なのか、どこを鍛える器具なのか説明してる。
さて、誰がトカゲの尻尾、もしくはその人に頼まれた監視役なんだろう。
昨日、今日と僕、無心で体を動かしてたからなぁ・・・。他の乗客の顔、特にこの部屋に来てた人の顔なんて全く覚えてない。
ノア「(どうしたものかな・・・)」
とりあえず僕は全員の動きが確認出来る場所。部屋の隅に置いてあるマットの上でストレッチをする。
実は僕、この世界で鍛えてから体が柔らかくなってたりするんだ。 ←ちょっとした自慢
だから開脚して胸をマットにべったりつけることが出来る。
男の子「!あのお兄ちゃん凄い!」
お兄ちゃん・・・?
若いカップルさんのことかな?・・・あ、違う。僕のことか。危ない危ない、また男装してること忘れてた。
僕に対抗して、っていうか父の威厳を見せようとしたのかお父さんらしき人が「パパだってあれぐらい出来るぞー」って前屈をしたみたい。
だけど全く床に手がつかなかったみたいで男の子が「全然出来てなーい」ってお父さんと笑い合う和やかな家族の会話が聞こえてきた。
こんな平和の中に星晶のレプリカだとか、生体変化現象だとか、戦争なんかがあるなんてとても思えないよね。
そんなことを考えながら、部屋にある器具を使って僕はトレーニングを始めていく。勿論、この部屋にいる5人への警戒は怠らない。
トレーニングを始めて30分ちょっとで若いカップルが、1時間で親子連れが部屋から出て行く。
残ったのは細マッチョなおじさんと僕だけ。
マットの上で体幹を鍛えてるおじさんは相変わらず目を瞑ってる。これは自分の世界に入ってるからじゃない。この1時間弱の間見てて分かった。
このおじさんは―――
僕はおじさんに背を向ける。
そのまま持ってきた小さな手提げの中から着替えを取り出して、
おじさん「男の前で堂々と着替えるとはとんだお転婆さんだな」
ノア「、アハハ・・・バレちゃいました?」
おじさん「気付くさ。私の耳は目同然だからね。見えないものを音が形にしてくれる」
その話を聞きながら、(さっき注意されたばっかりだけど)僕は着替えを済ませていく。
このおじさんは盲目。だから目以外の五感が、この人の場合は耳が通常の人より発達してる。
おじさん「君もよく私が盲目だと気付いたね」
ノア「だってあなた、さっきこの部屋にいた男の子が僕のことを凄いって言った時、不思議そうな顔してたでしょう?」
そして、若いカップルの男の人の方に顔を向けてもっと不思議そうな顔をしてた。
ただ女の人と喋りながら走ってる彼の何が凄いんだ、っていう風にね。
ノア「男の子は僕が男装をしてるから男と勘違いして〈お兄ちゃん〉って言ったんです。
だけどあなたは僕が出す音で、最初から僕が男じゃなくて女だって気付いていた。だからあんな顔をしたんでしょう?」
おじさん「男装・・・そうか。君がそんな格好をしてるのまでは気付かなかったな」
ノア「出来れば、僕が本当は女だっていうことは秘密にしておいてもらえないでしょうか?」
おじさん「訳ありかい?」
ノア「まぁ・・・そうですね。バレると二重の意味でヤバイです」
おじさん「フフ・・・。この船には素性を隠した人間が随分たくさん乗っているようだね」
ノア「、その話・・・詳しく聞かせてもらえませんか?」
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