Ver.黒曜・リング編
□終わりの始まり
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〈ナニカ〉が渦を巻く。
ゼロ「・・・・・・」
言い知れぬ〈ナニカ〉が、自分の中で渦を巻く。
頭なのか、胸なのか・・・その〈ナニカ〉は自分の体の中のどこかで渦を巻く。
ゼロ「(―――私、は・・・)」
・・・と、そんな時、
洋一「お前はさ・・・何をどうしたいんだ?」
数十分前に彼が言った言葉を思い出し、彼の中の〈ナニカ〉がまた揺らぎ始めた。
あるいは、元から揺らいでいた〈ナニカ〉に、改めて気付いたと言った方が正しいかもしれない。
ゼロ「(私は一体・・・何を?)」
混乱する思考・・・否、データを落ち着かせ、今の現状を上手く整理しようと試みるが、出来そうになかった。
まるで、自分だけが違う世界にいるように・・・彼の視覚と聴覚が上手く機能しない。
ガイオ「503、そいつ等の始末はお前に任せる」
自分が主とする人物の声が、とても遠いところから聞こえた気がした。
虚ろな視界の端で、2人の少年が身構えた気がした。
ガイオ「何をやってるNo.Z503」
もう1度、遠くで彼の声が聞こえる。
しかし混乱したデータのせいで、自分の主の命令に答える言語機能が使い物にならない。
ゼロ「(私は・・・命令を、遂行しなければ。それが、アンドロイドである私の存在理由・・・・)」
主に従い、命令されたことだけをする、ただの忠実な僕(しもべ)として自分は作られた。
人間のような感情など皆無、そんな自分を疑問に思うことさえおかしなことだ。
だが、この国で・・・この並盛という町で、色んな変わった人間に出会って色んな話をした今は、忠実な僕に成りきれていない。
ゼロ「(違う・・・。私には、人形としての生き方しかない・・・・)」
自分自身にそう言い聞かせ、改めて命令に従おうと・・・
自分の知っているピンクの髪の少女と、黒髪の少女を逃がそうとしている2人の少年を敵として見ようとする。
しかし、それでも〈ナニカ〉の揺らぎは収まらない。
ゼロ「(私は・・・人形としての生き方しか、知らない)」
洋一「・・・でもそれって、なんか悲しいな」
ゼロ「!」
洋一「考えられる力があるのに、考えることを放棄するなんてな」
ゼロ「(私は・・・私は、何をしたいんだ?)」
洋一「データに頼らねぇで自分で考えろよ。そしたらお前は人間以上に人間らしくなれると思うぜ」
ゼロ「(人間・・・)」
◇ ◇ ◇
ディック「瑠璃!!」
ツナ「東雲さん!!大丈夫!?」
校舎の外・・・
マットの上へ倒れ込んでいた瑠璃達の許へ、観覧席からツナ達がやって来る。
瑠璃「うちは大丈夫!でも、この子が・・・!」
傍で先程から「ウソだ」と呟き続けるイーラを見て、悲しそうに顔を歪める。
こんな形で、また人の心が壊れる瞬間を見るとは思わなかった。
こんな形で、彼女の心が壊されるとは思っていなかった。
ギリッと奥歯を噛み締め、瑠璃は血が出る程強く拳を握る。
気持ちを切り替え、彼女は海斗に頼まれたことをある人物に言う。
瑠璃「マーモン、お願い。この子の内臓を・・・」
マーモン「もうやってるよ。今回はタダにしといてあげる」
瑠璃「!ありがとう!」
ディーノ「病院と医者の手配はこっちで何とかする。お前も、そいつを助けてぇって言うんだろ?」
瑠璃「はい!勿論!・・・って、あれ?〈も〉って?」
希「俺も・・・トゥーナって、奴を・・・・頼んだから」
瑠璃「あぁ、なるほど。ところで、如月は大丈夫なの?ケガは?」
希「ん、元気・・・。風花が・・・・治して、くれた」
瑠璃「へ・・・?」
疑問符を浮かべ首を傾げる。
そんな彼女に希は「詳しい、ことは・・・観覧席で」と言って、1人観覧席の方へ戻って行った。
瑠璃「あ、ちょっと・・・。何なの?」
ディック「あっちやこっちで凄いことになってるんだ」
瑠璃「凄いこと?紗那や未来に何かあったの!?」
山本「それが何つーか・・・」
リボーン「見れば分かるぞ」
瑠璃「見れば・・・?」
◇ ◇ ◇
校舎の外で瑠璃達が話している時、3階に残った洋一と海斗はガイオと戦っていた。
サイボーグというだけあって、ガイオの繰り出す拳や足蹴りは校舎の壁を簡単に破壊する。
破壊された壁の礫(つぶて)を洋一は避け、海斗はモーニングスターで打ち落す。
洋一「ヤ、ヤベェ・・・。あんなの1発喰らっただけで骨が砕け散る」
海斗「ハァッハァッ・・・。打撃程度じゃ、あの人を倒せないね。・・・・・っ、」
手に持っているモーニングスターがブレる。
それは形ある実体の幻覚から、形のない幻覚へ戻ろうとしているように。
海斗「(もって・・・1、2分か。なら、もっと強力な武器を実体化させた方が・・・・)」
ガイオ「消極策だな」
海斗「!」
ガイオは、あっさり海斗が考えていることを看破した。
邪魔になる壁の残骸を教室の方へ蹴り飛ばしながら、彼は言う。
ガイオ「俺のこの体にダメージを与えるには、そりゃ破壊力のある武器に頼るのが1番だろうけどよ・・・
使い慣れてねぇ武器をそう簡単に扱えるか?ちゃんとそれは俺にクリーンヒットするのか?
それを外した時の場合は・・・まぁ言わなくても分かるよな?」
攻撃を外せば、大きな隙が生まれる。
つまり、相手の攻撃をまともに受けるリスクが増大する。
ガイオ「攻撃と防御と回避・・・どれか1つでもミスったら、俺のような鉄の体を持たないお前等はすぐにやられる。
その3つが全部完璧に出来たって、体力の限界ってのがある。もう分かってるだろ?お前等に勝ち目はねぇってことはよ」
洋一・海斗「「っ、」」
「―――そうでしょうか?」
とても穏やかで落ち着いた声が響く。
洋一「・・・え?」
海斗「?」
ガイオ「!」
その声を聞いた彼等の反応は三者三様。
カツリ、カツリと足音が続き、その声と足音の主は洋一と海斗の前に立った。それは、ガイオと対峙する形で・・・
そこに立った〈彼〉は言う。
ゼロ「私が手を貸せば、彼等の勝率も格段にアップすると思いますけど」
ガイオ「!?」
海斗「・・・どういうことですか?」
洋一「お前・・・」
ゼロ「あなたが言ったんですよ」
洋一「へ・・・?」
ゼロ「目の前で死にそうになっている人がいたら、敵味方関係なく助ける・・・と」
洋一「!プッ・・・ハハッ。俺達がそんな死にそうに見えたのかよ」
ガイオ「どういうことだよ。お前に何があった。お前は何をされたんだ、No.Z503」
ゼロ「最後に・・・私にキッカケを与えたのはあなたでした」
ガイオ「何、だと・・・?」
ゼロ「忠実な僕に・・・No.Z503になろうとする必要なんてどこにもなかったんですよ。
それ以外の生き方しか知らないのなら、他の生き方を見て新しいデータを収集すればよかったんです」
ガイオ「!ちょっと待て。それは―――」
ガイオ「(足りない分の思考を外部の人間から取り入れたってのか!?)」
ビキリッ、と亀裂が走るような音が響き渡る。
アンドロイドの少年の髪と同じ紫の瞳が、色を変えていく。
ゼロ「私は・・・」
自分の体の中で渦を巻いていた・・・〈ナニカ〉の揺らぎが消える。
〈ナニカ〉・・・
今の彼になら、それが何であったのかが分かる。
紫の瞳の色が薄くなり、落ち着いた蒼に変わった。
記憶とも呼べるデータの奥で、誰かが自分にこう尋ねていた。
「お前の名前は?」
性別も体格も顔も、声も思い出せないその人物に、今どこにいるかも分からないその人物に、彼は声に出さずに礼を言う。
ゼロ「私はNo.Z503ではなく・・・―――ゼロです」
それを、人格の形成と呼ぶ者もいるかもしれない。
彼は、己の中にあった〈ナニカ〉の正体にやっと気付いた。
それは・・・
―――〈心〉。
ゼロ「さぁ、反撃を開始しましょう」
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