Ver.黒曜・リング編
□Death knell
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紗那「ぜ、全然見付からない・・・」
1階を全て探し、2階へ移動した彼女は〈災厄を齎すもの〉が一向に見付からず落胆する。
自分がちゃんと探せていなかったのか、ここにはないのか、そのどちらも分からないからこそ、彼女はまた探し始めるしかない。
紗那「ヒントとか・・・あったらいいのに」
そんなことをブツブツ呟きながら次の教室のドアを開ける。
と、その教室の中から・・・
「谷垣紗那・・・ですか」
紗那「!?(ビクッ」
急に誰かに名前を呼ばれ、彼女は大きく肩を跳ね上げる。
幽霊かと一瞬身構えかけたが、声がした方に視線を向けてホッと安堵した。
紗那「えーっと・・・ディスペラーレの」
リーチェ「リーチェ、と申します。
谷垣紗那・・・死神ピエロ、風花未来の幼馴染み・・・・それ以外の情報は私には皆無ですね」
紗那「!」
幽霊ではないと分かってホッとしていたが、敵であるということ思い出し、紗那はサッと武器に手を伸ばす。
だが、それを見たリーチェは・・・
リーチェ「今あなたと戦う理由はありません」
紗那「・・・へ?」
リーチェ「私が主(マスター)に命令を受けたのは、〈この世に災厄を齎すもの〉をヴェスパの代理であるあなた達より先に手に入れること・・・。
ですので、その邪魔さえされなければあなたと戦う理由はありません」
紗那「え・・・えぇ?」
◇ ◇ ◇
洋一「確かに、理由がなきゃ戦ったりしねーよな・・・普通」
4階の廊下でディスペラーレの1人と出くわした洋一は、紗那と同じようなことを聞いていた。
納得する洋一に、彼に説明した人物が小さく頷く。
ゼロ「ええ、労力の無駄。理由もなく戦うなど、非効率以外の何ものでもありません、と私は懇切丁寧に説明します」
洋一「んー・・・でも、俺が〈災厄を齎すもの〉を見付けたら襲ってくるんだろ?」
ゼロ「肯定します」
洋一「そこをさぁ、何とか出来ねーかな。・・・ほら、戦うって言ってもジャンケンにするとか」
ゼロ「ジャンケン・・・。それに負けた場合、自ら命を絶つということですか」
洋一「や、何でそーなんの・・・?
ジャンケンに負けた場合はあれだよ。校舎から出て失格になる、それでいいじゃねーか。
こんな勝負で命を懸けるなんてバカげてるだろ」
ゼロ「それには否定の意を唱えます。
私が知る限り、〈この世に災厄を齎すもの〉には命を懸けてもまだ足りないぐらいです。
命程度では、同等の対価になりません」
洋一「命程度って・・・命以上のものなんてこの世にはねぇだろ」
ゼロ「ありますよ。ただ1つだけ」
洋一「1つだけ?」
ゼロ「ええ、それは・・・
―――世界です」
洋一「!?」
ゼロ「ですので、この勝負は・・・世界を懸けた戦い、と言った方が正しいんですよ」
――観覧席で・・・
ツナ「世界と同等なんてそんな・・・」
獄寺「マジかよ・・・」
校舎裏でカメラの映像を見ていたツナ達は、信じられないというように目を見開いていた。
〈災厄を齎すもの〉がどういうものなのかを知っているディック以外は・・・
ディーノ「だから〈この世に災厄を齎す〉、なのか・・・」
――3年校舎の4階で・・・
ゼロ「これで理解出来ましたか?この戦いは、そんなに生温いものではないんです。
失格してもいい、などという考えは私にはありません。
刺し違えてでも相手の息の根を止めること・・・そうプログラムにインプットされています」
自分の頭をトントンッと指で突いて、彼は無表情無感情にそう言った。
彼の言葉を聞いて、洋一は黙り込む。
数秒後、彼は口を開いてポツリと呟いた。
洋一「悪ぃ。やっぱそれ・・・俺には分かんねぇ」
ゼロ「?今の説明に何か不適切なところがあったでしょうか?」
洋一「世界を懸けた戦いとか・・・世界を救うだとか、そーいう話・・・・俺、最初からよく理解してねーんだ」
自分の頭をガシガシ掻いて彼は困ったように笑う。
〈最初から〉、というのは、この世界に来る前・・・神に「世界を救ってくれ」と言われた時のことだ。
あの時、彼は瑠璃達と共にこう言った。
洋一・瑠璃・紗那「「「話が難し過ぎてよく分かりません」」」
正に今もそんな状態だった。
洋一「俺、バカだからさ・・・難しいことはよく分かんねぇ。
難しいことはいっつも海斗と希に任せてるから(苦笑」
ゼロ「了解しました。小学生にも理解出来る説明を開始します」
洋一「そーいう問題じゃねーんだ。理解出来ても、理解出来ねぇって話なんだよ」
ゼロ「・・・理解不能です。矛盾しています」
洋一「〈災厄を齎すもの〉が実際どんなにヤベーもんなのかは俺には分からねぇ。
ヴァリアーの皆やディックに聞いて、お前がさっき言ったことを聞いた限りだと、とんでもねーもんなんだなってことは何となく分かった。
でもさ・・・それとこれとは話が別じゃねーか?」
ゼロ「別・・・というのは?」
洋一「俺達がそんなもんのために命を懸ける必要がどこにあるんだよ?」
それは彼の純粋な疑問だった。
しかし、今この場で出て来る言葉とはゼロには到底思えなかった。
普通の常人から出て来る言葉とは・・・思えなかった。
ゼロ「・・・世界よりも、あなたは命の方が大事だと言うのですか?」
洋一「だってそうだろ?世界って・・・人がいて初めて成り立つもんじゃねーか」
ゼロ「それは個人の定義に過ぎません」
洋一「あぁ、そりゃそーだな。
・・・じゃあ、お前にはあるのか?命を懸けてでも〈災厄を齎すもの〉を手に入れたい理由が。
命より世界が大事だって言う理由が、お前にはあるのか?」
彼のその問いに、ゼロは黙り込む。
理由・・・それがアンドロイドである彼にはなかった。
彼はただ、
ゼロ「私はただ、命令された任務を遂行するのみです。人間とは違う、アンドロイドである私に人間のような感情は皆無です」
洋一「ああ、知ってる。海斗に聞いた。・・・でもそれって、なんか悲しいな」
ゼロ「?悲しい・・・?」
洋一「悲しいよ。考えられる力があるのに、考えることを放棄するなんてな」
ゼロ「私のデータには該当する回答が存在しません」
洋一「データに頼らねぇで自分で考えろよ」
ゼロ「!」
洋一「そしたらお前は人間以上に人間らしくなれると思うぜ」
ニカッと笑って、彼は〈災厄を齎すもの〉を探す為に近くの教室へ向かう。
ゼロは数秒沈黙し、淡々と客観的に語る。
ゼロ「それは私が人間を模して造られているからそう思うだけです」
それが彼のデータが導き出した1番正しい回答だった。
しかし、
ゼロ「(本当にそうなんでしょうか・・・)」
そんな疑問が、自分の中に湧き起こる。
洋一は自分の姿形を見て「人間らしくなれる」と言ったのだろうか、それとももっと違う別の理由から言ったのだろうか。
いくらデータを漁っても、その答えだけは見付からない。
洋一が去った後ずっとそんなことを考え、彼は何かに気付き、ピタリとその場で制止する。
彼に人間のような表情筋があれば、思わず顔を曇らせたことだろう。
ゼロ「(何故、私は今、命令以外のことを考えている?)」
彼が受けた命令は「〈災厄を齎すもの〉をヴェスパの代理より先に手に入れること。それを邪魔された場合は始末しろ」、というものだった。
なのに自分は敵である洋一と話し込み、あろうことか彼を先に行かせてしまった。
時間の無駄、労力の無駄・・・自分が非効率だと言っていたことを今していたことに、彼は疑問を持った。
思えば一昨日、リンに自分の疑問を尋ねに言った時からおかしかった。
「自分のデータを埋める為」・・・何故それが必要だったのだろう。
ゼロ「私は・・・」
自分の中に湧き上がるモヤモヤとした想いの正体が分からず、彼は自分の中にバグが生じたのではないかと考え始める。
彼は気付かない。
そのバグが、人間でいう〈迷い〉の感情であることを・・・
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