長編

□君しか見えない
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俺はひたすら走っていた。どこまでも白く続く冷たい雪と暗闇の中を。

吐く息も白く、この世には白と黒の二色しか存在しないのではないかと思う。この暗闇の中では白い雪も灰色に見えるのだが。
雪に濡れた衣服を凍り付かせる空気が、頬や喉の奥までも切り裂いてくる様だ。

愛する人に会えるまでは立ち止まれないと、その一心でここまで何時間も走ってきた。
気持ちに反して動かなくなっていく身体が歯痒くて堪らない。足が雪に取られてもつれ、うつ伏せに倒れた。
起き上がる力もないのかと思うと、悔しくて涙が流れ出てくる。

「・・・くそっ、もうここまでか・・っ」

ぎゅっ、と雪を掴む。
このまま自分も埋もれて真っ白になるのか。

大地に倒れそう思った時。ザアッと木々を揺らす風に紛れ、誰かが自分を呼ぶ声が聴こえた気がした。

『留三郎』
「・・・いさ、く?」
『留・・・、留三郎』

愛する人の声。俺の事を呼んでいるのか。こんな俺を、求めてくれているのか?

「くっ・・・」

ここでくたばる訳にはいかない。
俺はあいつに伝えなければならない。ずっと言えなかった一言を。

「愛してるんだ、お前を」

震える腕と寒さで感覚を失っている足で、もう一度立ち上がった。
目の前には変わらず白い雪が続いているが、伊作の手に引かれる様に、俺はまた走り出した。

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