新撰組読み物

□春時雨
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 頷いてみたは良いが、土方は一つ失念していた事を思い出した。
総司を探ると言った処で、先の長州監察の為に監察方は全て出払っている。

さて、どうしたモノか…。

いくら考えても他案が見つからず、土方は潔く自らが監察に出る事にした。

まずは、現場だ。
土方は袴も付けずに、黒い着流し単衣に二本差しという姿で島原の大門を潜る。途端に置屋の二階の格子窓から、華やかな京雀達の溜息が島原に満ちた。

「あいや、土方はんやおへんか。」
「お座敷に誰を揚げはるんやろ。よろしおすなぁ。」

土方に贔屓が居ないという噂は島原中で広まっており、いつからか土方が華街に現れると、今日の揚屋に上がれる芸妓は誰だ、いつかはウチも、といつになく女達がさざめくようになった。

そんな中、不意に土方に声をかけた男がいた。

「もし、そちら。トシさんかえ?」

京で聞くけったいな後家言葉に眉をひそめながら振り返ると、色白細面の美しい青年が立っている。

「!! 伊庭の小天狗じゃねぇか!」

その男の名は伊庭八郎。
江戸有数の道場と言われる、心形刀流・伊庭道場の八代目宗家の嫡男で、まだ年若いのに講武所の教授方を務めるまでの腕を持つ青年美剣士である。
一方、土方とは吉原遊廓で共に名を売ったバラガキ仲間だという、相当な放蕩ぶりも兼ね備えている男だった。

「そうか、親衛隊も上様のお供で上京して来やがってたのか。」
「それにしたって、こんな所で会うなんざ縁だねェ。」
「馬鹿言え、俺ぁ仕事だ。」

へぇへぇ、と伊庭が軽く流すから、土方は少し腹立たしかった。

「そういえば、トシさんトコの新選組で変わった話を耳にしましたがねェ。」
「何?!」

伊庭は続けた。
昨日、揚屋座敷に呼んだ小天神が『新選組』の名を出したという。

「『新選組の沖田はん』が人を探して回っているんだってぇ話だったよ。」
「人探し?」
「なんでも、島原の妓に出身を聞いて回ってるようだけども…」

島原の芸妓は皆、京生まれ京育ちという風に口外されている。生まれを聞かれて皆「京生まれ」では沖田も苦労をしているに違いない。

「伊庭。お前、贔屓はおいでかい?」
「いいや、馴染みはまだ。」
「なら、ちぃと力貸してくれねぇか。」

土方が斜角で言うと、伊庭はあいよ、と軽く答えた。





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