新撰組読み物

□桜雨
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 慶応四年、四月。

 まだ会津の町は、戦乱の兆しも見せない城下の活気と、咲き乱れ風に舞う桜の花弁に敷き詰められていた。

 先の宇都宮開戦で足の指先に被弾し、早々に戦線を離脱せざるを得なかった土方歳三は、落ち先の今市では悔しげに不機嫌であったが会津の宿場清水屋に場所を移し、危険を顧みず飛んできた軍医・松本良順の治療を受けると、束の間ゆっくりと流れる時間に身を委ねていた。

ふくらはぎまでグルグル巻きの、足の包帯が煩わしい。

(何でェ、たかだか足の指先じゃねェか。)

被弾以来、松本良順に歩くことまで制限され、布団に足を突っ込んでゴロゴロするばかりの日々。そうしていると、心に浮かぶのは千駄ケ谷に置いてきた病床の沖田総司の姿だった。

峠越えは無理だと甲陽鎮撫隊から還す時、
『きっと…、きっと迎えに来てくださいね…。』
そういって総司は涙を浮かべた。

「甲府城を取って迎えに行くって、約束したのにな……。」

現状はどうだ、甲府城は一足違いで薩長に落とされ、折角奪い返した宇都宮城も一日で開城。近藤は敵に捕らえられ、自分も負傷者としてこうして会津で療養生活。
京の都では最強を誇った剣客集団も、西洋の新型兵器の前に脆く崩れかけていた。

(情けねェ…。)

ざぁ、と風の音が行き過ぎ、障子を開け放った縁側の先で薄紅の桜の花弁が幾枚も捲き上がってまたヒラヒラと落ちる。

瞳を閉じた。

江戸ではきっと、梅が咲いている。いやもう終わって、散り葉であろうか。





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