Original

□森
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【森】
 この森は生きている。
昔誰かが声を潜めて呟いたのを、私は確かに覚えている。ざあざあと耳に滑り込むのは、果たして木々の鳴き声なのか、それとも、水の叫び声なのか。しかしこの場には、私の靴底と砂利が擦れ合う音だけが響いている。この一瞬の時を支配するのは私だけだった。
 じろり。私を見つめる二つの目。じとり。見つめ返すとごろりと転がった。目が転がるとは、何と恐ろしいのだろう。身体中の立毛筋が総立ちで、拍手をするように震える。自分の身体を抱きしめて、私は一歩、後ずさった。

 その目が何だったのか、それは未だに分からないが、ぐらりと傾いた身体が、ふうわりと宙を舞うのを、目の端でぼんやりと見ていた。

 この森は生きている。
 昔声を潜めて呟いたのは、私であった。

 そして私が見たその目は、現実世界越しに森を見つめる、私自身の目であったのだ。

 この森は生きている。

 私もまた、生きている。







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