(出会った事が運命ならば…)
『あ、ごめんなさい』
『あ、いや…こちらこそ』
佐々木 ゆかとの出会いは、こんな感じだった。
『てっきり先輩かと思ったよー』
『年相応にはあんまり見られないからなあ…』
入社式が終わった昼休みに、社内を彷徨いていたら曲がり角でゆかにぶつかった。道中話している内にゆかが同期である事や、どうやら同じ部所である事が分かって、お互いを知る為に休憩室で昼休みを過ごす事にした。
『この後、配属の案内だよね。ドキドキするね』
『配属が同じ部所だから、結構近くの席かもな』
ゆかの印象は小さくて、少し子供っぽい。俺が年上に良く間違えられるからか、ゆかはどちらかと言うと年下に感じた。初々しさで新入社員だと言う事は予想出来たが、高卒の新入社員かと思っていたら大卒の新入社員…つまり同じ年だったから驚きだ。
『隣だったら良いねっ』
『…』
何というか、純粋無垢とはこういった人間の事を言うのだろう。ゆかは純粋に笑う…今時珍しい子だ。その上、ころころ表情が変わって、恐らく嘘は吐けないタイプだ。こういう人間は嫌いじゃない。学生の時から、俺の顔が好みだから、俺が好きだと寄ってくる女の子は沢山いた。俺はそこらの男に比べたら自分の容姿を維持する為に努力は惜しまないし、女の子が寄って来るのはそれなりの成果だと思っている。
『上司も良い人で、先輩も良い人で、隣に将己君がいたら、楽しい職場になりそうだよね』
だけどこんな、純粋な笑顔で俺と話してくれる子は久し振りで、もう少し長く話していたい…もっと知りたいと思える子だった。
もしかしたら俺は、この時からゆかに…この、ゆかの笑顔に惹かれていたのかもしれない…
『おー、誰かと思ったら田邉やん。なんや、お前うちの会社受け取ったんかい』
『小谷先輩、ご無沙汰してます』
配属の案内の時に小谷先輩に会った。本来なら課長と呼ぶべき相手だけど、小谷先輩は俺の大学のバスケサークルのOBで、顔見知りだった。小谷先輩がまさか上司になるとは思わなかったけれど、少し安心したのも確かだ。安心したのも束の間…
『あっ、今朝の…ッ』
『んー……おっ、今朝の迷子ちゃんやん。俺の課所属なんやなァ…』
ゆかと小谷先輩の間に何があったのかは後に知る事になるが、小谷先輩の顔を見た途端にゆかの目付きが変わったのを俺は見逃さなかった。俺と話していた時の瞳とは違う…もっと輝いていて、小谷さんに見惚れるような瞳をしていた。
そう、あの時からゆかの片想いは始まっていて、あの目を見た時から俺も、片想いが確定していた…
『将己、お昼食べに行こう。お腹ぺこぺこだよー』
『お前、色気より食い気に走ってんじゃん…』
あれから一年…俺等は隣の席で共に時間を過ごし、三人の関係は変わらない。ゆかは変わらず小谷先輩が好きで俺はゆかが好きだ。お互いに何の進展もないし、変化の兆しもない…本当に唯一年が過ぎただけだった。
『佐々ちゃんが色気出して来たら、俺仕事に集中出来へんやん』
『ゆかが色気出せる訳ないでしょ。…どう見ても、』
と、言った途端にゆかが真っ赤な顔をして小突いて来る。本当に、ゆかはあの時に感じた通りにころころと表情を変えて、見ていて飽きない。そんなゆかを見ていると思わず口許が緩むのを感じた。
『やから、惹かれたんやろ』
『…っ、…今、俺の心の内読みましたね…』
俺の心の内を読んだであろう小谷先輩がにやりと笑うと、ゆかは何の事だか分からないと言った様に首を傾げる。何となく惹かれるなんて、しかもその惹かれた相手は俺以外の方向を向いている。更にはその相手は彼女の方向を向いているのかも分からない、何とも言えない三角関係。
『将己、早くしないと置いて行くよー』
『…あー、はいはい…』
いつまでもこの三人でいられたらと思う反面、ゆかを振り向かせたいとも思う矛盾の終着点は一体どこにあるのだろうか。
『ま、何れは変わるんだもんな…』
明日突然変わるかもしれないし、来年になっても同じ状況かもしれない。だけどいつまでも同じなんて有り得ないんだ。その時がいつ来るかなんて誰にも分からないけれど、その時が来るまでは三人一緒で、仕事以外の時間は賑やかにいられたら良いと願う事は決して悪い事ではない筈だ。
そんな事を密かに思いながら、財布をスーツのポケットに捩じ込んで、俺は小走りに二人を追う事にした…
(緩やかな日常と、募る想い)
我が儘なのかもしれないけれど、願わくば…
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(20130408〜めぐ)