めいこい

□手ノ平ノ温度
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夕方。
今晩のおかずの材料を買いに俥に揺られて街に来た。
着いた頃には辺りは薄暗くなってしまっていて、もう少し早く来れば良かったと後悔を残す。


(何がいいかな)


私の夫である警視庁妖邏課藤田五郎警部補は、現在至る所で多発中の強盗事件調査の真っ只中。
毎帰宅後の表情を見るに疲れが溜まっているはずである。
だからせめて夕飯は彼の好物を作ってあげたい。

初めは彼から花嫁修業をしてもらうという情けなさだったが、
今ではあの仏頂面を緩ませる腕前にまで上達する事が出来た。


(そうだ!カレイの煮付けにしよう!)


そう思い立って魚屋に行き、お目当ての魚を購入する。


「若奥さんかい?可愛いからこんだけでいいよ!」
「ええ!本当ですか!ありがとうございます」


思っていたより安く買えた事に感謝して満足気に店を出た。


(まけてもらっちゃった)


何だかこういう場面に合うと自分ができた奥さんになった気分になる。
藤田家にお嫁に来たんだという実感が湧く。

一通り食材を買い終わり、本日の五郎さんの勤務終了時刻に近づいてきた為
そろそろ帰ろうと俥を捕まえようとしていた時。


「嬢ちゃんよぉ、オレと遊びに行かねぇか?」


小汚い着物を着て、髪と髭をだらし無く伸ばした男に声をかけられた。


「..いえ、今から家に帰るので結構です」


これは人売か何かだと危険を察知した私はそそくさと歩きだそうとしたのだが。


「ちょっと待てって、…そんなら強引にするしか無さそうだなァ?」
「っ!」


急に腕を掴まれて、振り払おうにも力が強すぎて敵わない。
このまま連れ去られてしまうのか、不安と恐怖が入り交じったその時だった。


「..おい、娘から手を離せ」
「あん?」


彼だ。


「聞こえなかったのか、此奴から離れろと言っている。その汚い手で触るな」
「なんだとォ?!何奴だ!」


サーベルに触れて相手を鋭い目つきで見下ろし、答える。


「俺は警視庁妖邏課、藤田五郎だ。」
「ふん。警察か。だがなオレはこの嬢ちゃんに用があるってんだ、邪魔すんなよオォォォオ!!!!!」


そう叫び、着物の懐からキラリと光る刃物を取り出して無造作に振り回す。


「五郎さん..っ!」


彼はそれを安易にかわしながら男の手を叩きつけると、刃物は地面に落とされた。


「く..っ!お、覚えてろよォっ!!」


男は怯えた表情を見せながら逃げ去っていった。


「五郎さん、ありがとうございまし..「おい!暗くなってから出かけるなと言っただろう!」
「え?」
「強盗事件を調査中だというのにお前には危機感というものがないのか、ここ数日は特に危ない輩が増えているのだぞ!」


少し声が荒っぽい彼にたじろぐ。


「俺がいつでも守ってやれるとは限らんのだぞ。・・先程だって俺が此処に来なければどうなっていたことか」
「ごめんなさい..」


申し訳なさと自分の危機感の無さに俯く。
そんな私の頭を五郎さんはまるで子供を宥めるように優しく撫でた。
彼の手の温もりから心配の想いがひしひしと伝わってくる。


「芽衣、頼むからあまり俺に心配をさせるな。...心臓が持たん」
「五郎、さん」


私を守ってくれるばかりの彼。
張り詰めていた恐怖から解放されたからか、大好きな人の体温に安心したからなのか、
涙がじんわりと視界に膜を張った。

急にとてつもない寂しさと愛おしさが湧き上がり、
私は頭上の大きな手のひらを包んだ。


「なっ、何をする!」
「…駄目ですか?握って帰りたくなってしまって。」
「仕方がない奴だな、全く。...好きにしろ」
「有難うございます」
「ふん、帰るぞ」


そうは言いつつもぎゅっと握り返してきてくれた彼の手の平は、とても温かった。






手ノ平ノ温度

それは安心する温度


(で、何を買いに来ていたんだ)
(魚です、今晩はカレイの煮付けにしようかと!)
(ほう、そうか)
(...【あ、五郎さん嬉しそう】)







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