めいこい

□向日葵と蝉時雨
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「残暑が厳しいぃ...」


森家のお屋敷の縁側で盛大に大の字で仰向けになる私。
いくら袴を着ていても大和撫子とは程遠いザマである。


「..何ヘタってるの」


そんな私を見下ろしてきた彼は菱田春草。
私同様、鴎外さんのご厚意に甘えてこのお屋敷に居候になっている身の1人である。


「み、みすぼらしい姿を..」
「鴎外さんが見たら苦笑するよ。本当、何でこんな娘を歓迎したのか、家主も全くの変わり者だね。」


この様に少し刺のある言い方をしてくる彼ではあるが、心中では鴎外さんを尊敬して止まないのだと私は知っている。
だからそんな悪い人ではないという事は出会ってすぐに分かった。
そして、最近ではやっと私にも気を許してくれていると自負している。



ミーンミンミンミーーン


「なんだか少し蝉の声が遠くなってきましたね。」
「そうだね」


鴎外さんご自慢のお庭に植えられた向日葵も枯れてきていて、もうすぐ種を採取出来る頃合だ。
そんな変化にこの暑さとの別れもすぐそこまで来ているのだなと嬉しく思っていると、寿命を迎えそうな蝉が1匹目に入る。
苦しみもがき、最後の力を振り絞って五月蝿く鳴いて。


「あ..っ。」


暫くして段々と音が消え、その蝉はポトリと私の目の前で命尽きた。


「蝉の命って短いですよね。地上に出てから3日だなんて..。」
「あぁ」
「でもそんな短い人生を生まれた場所で終えることが出来るならそれは幸せなんだろうなあ ....。」
「 ... 」


言ってから気づく。
私は何を言ってしまったのだろう、と。
春草さん相手にという以前にそんな弱音をこの時代で誰にも吐いたことも無かった。
これではまるでタイムスリップをする前の現代に未練があるかの様ではないか。
私には生まれた地での記憶なんてさらさらないのに。

だけど・・・、
私は一体何処で命尽きるのだろう。
自分が居るべき場所で生涯を終えるべきなのだろうか。
時々不安にもなってしまうのだ。

(現代に帰らなくちゃいけないのかな..。)


「..君さ、1人で帰れるの?」
「うっ」


彼はとても感が鋭い。
何故私が考えていることを見通せてしまうのか。


「夏が終わっても此処にいなよ..。秋も冬も。来年だって、..ずっと居ればいい。」
「え..」
「急に居なくなったりしたら、お、鴎外さんが心配するだろうからね」


彼の顔が紅く染まる。
こんな事を言ってくれるとは思っていなかっただけに少し驚いた。
しかし彼に言われて安心した。
私には居られる場所があるのだと。
鴎外さんの眩しい笑顔、優しいフミさんの笑顔が脳裏に浮かんでくる。


「そうですよね!私には鴎外さんやフミさんが力になってくれるし、それに...こんな風に言ってくれる春草さんだって居てくれるし」


嬉しくなった私は彼の両手を手に取る。


「春草さぁん!ありがとう!!」
「礼を言われる意味がわからないんだけど?俺は自分では別に何も言っていないだろ」
「そんな風に思っていてくれたなんて知りませんでした」
「なっ」


これが私が森家に来てから初めて春草さんとの距離が近くなったと思えた一時。
取った両手が私の手を握り返してくれたからだ。









向日葵と蝉時雨

夏は人と人との距離が縮まる季節








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