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それから私は病院通いの日々が続いた。
家族はわたしの体の心配をいつもして、気遣ってくれるようになった。
あぁ、最初から言えば良かったんだ。
何を躊躇っていたのか。私のことを受け止めてくれる家族の存在は大きな支えになった。

しかし、今はまだ症状が無くてもいつ体に異変が起こるか分からない不安もあった。



(怖いな..)



今も待合室で検査の結果を待ちながら私はひたすら考えていた。
宣告をされているのだから私はいつ体に異変を感じても可笑しくない筈だ。

だがあの日からだいぶ日が経つのにちっとも異常はなく。
体を蝕んで(むじば)いくであろう物体は体内から消えたのかとさえ思えた、
そんな矢先だった。




「...あまり状態が良くないようです。何か変わった事はありませんか?」



身体検査を終え、カルテを見ながら主治医は確かにそう言った。



「特に変わったところがないんです。痛くも痒くも..」
「・・・・・、お薬増やしましょうか。」



・・だけど、そんな軽い想いとはうらはらに主治医は私に現実を突きつけるのだった。
主治医の顔つきを目にしただけでどれだけ重要なのかがわかった。





「では..、また3日後にお伺いします。」


沈んだ気持ちで診療室を出ようとした時、
主治医が思い出したように引き止めた。



「この病院の地下にメンタルセンターがあるんです。癒しや、患者の心のケア等をやっているそうなので。良かったら行ってみて下さい。」
「ぁ、はい。..失礼します」



院内で自分には一番関係ないと思っていた精神科関係。
しかし患者になった今、必要性を感じていた。
私は体のことを友人には誰1人として話していない。
家族には心配を掛けたくない一心で弱音は吐けない。
でもこの思いを自分一人の心の中だけで閉じ込めておくのは正直、辛い。

誰かに話せば楽になるかな。

話したい、

聞いて欲しい。



足が動くのだった。






患者で溢れるエレベーターに乗り込み、
B1のボタンを押す。

階が近づくにつれて人が少なくなり、とうとう地下に着いたときには乗員は私だけだった。
エレベーターの外へ足を踏み入れるとひんやりとした冷気に全身が包まれる。

長い廊下を歩くと、メンタルケアセンターはこちらです
というカントリー風の板が扉にぶら下げられているのが目に入った。
私は扉の前に立ち止まってしまう。
思わずここまで来てしまったのだが、いざ目の前までくるとなぜか緊張してしまう自分がいた。


(やっぱり帰ろう…。)


踵を翻したその時だった。



「..あら?お客さんですか?」
「うおっ⁉」


後ろを見ると、ワンピースにカーディガンを羽織った優しそうな女性が立っていた。大体40代くらいだろうか..?
ひと気が無いこの階だから誰かに話しかけられる事は無いと思っていたので、びっくりしてつい変な声を出してしまった。


「びっくりさせちゃったわね。..良かったら遠慮せず入っていって?」


女性は少し笑ってドアを開けた。
私はその人の善良のオーラにつられてつい、付いて行くのだった。


室内は廊下の冷たさとは裏腹にとても良い温かな雰囲気だった。
女性に飲み物はコーヒーか紅茶かを聞かれ、私は紅茶と答えた。


「来てくれて有難う。私はここの運営をしている高橋多恵と申します。」


淹れてくれた紅茶を私の目の前に置くと、今度は私の名乗りを待つように笑いかけた。


「私は七海 春歌です。えっと、主治医の方にこちらを紹介されたので見に来たって感じなんですけど...」
「じゃあ春歌ちゃん、折角来てくれたんだし少しお話していかない?」



それから私は自分の持病を知った検診の日から今までの話をした。
初めて病気との気持ちを人に話せた事が堪らなく嬉しかったし、多恵さんは私の目を見て最後までしっかり聞いてくれて。


「貴女、辛かったね。」


これが多恵さんの第一声だった。
何だか心の中がスゥーッと楽になっていくのが分かった。


(え..)

「ずっと1人で抱えてきたんでしょう?自分が病気なのに家族に心配を掛けたくないって、貴方は優しい子よ。

..でもね。そんな事もう思わなくていいの。家族は弱音を吐かない貴方を見ている方が辛いんじゃないかな?」


そんな事考えたこともなかった。


「だから1人で耐える必要なんて無いんだからね」


多恵さんが私の手を取り笑顔でそう言った。
まるで今までの辛さを吸い取るように。
私は病気は1人で戦うものではないのだなと学んだのだ。







come down



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