Voice story

□優しい花A
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(な、なんとか着いた...)


あれから教えてもらった方法でバスに乗ると、無事に自宅アパートへ帰って来ることが出来た。
安心したせいか、体の力が抜けてベッドに倒れ込むと、
困っていた私を助けてくれた先程の優しい男性の顔が浮かんだ。
頭にはまだ触れられた手の感触がある。
特に彼のあの癒しな声が鮮明に耳に焼きついていて。
その時、思い出した。


(そうだ、名前聞いてたんだった)


鞄から携帯を取り出して徐ろにネット検索をかける。


(えっと...はなえなつき...)


って、何をやっているんだろう。
芸能人じゃあるまいしそんな簡単に出てくるわけがない。
そう思っていたのに。


"花江夏樹

日本の男性声優"



「え!?」


ビックリして思わず起き上がる。
声優という文字。
それで声が素敵なわけだ。
その事には納得した、だが、同姓同名かもしれない。
本当に私が出会った彼の人なのだろうか。
そこで、掲載されているプロフィール写真を見て確信する。
さっき出会った時、辺りは暗かったけれど私の中で記憶した顔と一致して。
間違いない。私が出会った男性は、花江夏樹という数々のアニメで活躍していてメディアからも人気のある声優を仕事としている人物だった。

調べてみる中で、どうやら彼はラジオをしているらしい。
もう一度、声が聞きたい、そう思った私は直ぐさま音楽ファイルを再生した。


『こんばんは、花江夏樹です。始まりました、◯◯ラジオ。いや〜・・・』


聴いていると本当に柔らかな声質と和ましい人物像にどんどんと惹かれていった。


『ー・・・来週はファンイベントですね!握手会もあるので僕自身もすごく楽しみなんですよ〜』


握手会??
そんなものもあるんだ..。


『ー・・・さて、今週はこの辺で。ここまでのお相手は僕 花江夏樹でした!イベントに来られる方は気を付けてきてくださいね!ではまたっ』


もう一度、彼に会いたい。
そして生でこの声を聞いてみたい。










1週間後。
私はとあるイベント会場に来ていた。


(つい来てしまった...)


先程、座席の抽選会があり、私は見事最前列のど真ん中という神席を引き当ててしまった。
彼を見られるならと高望みはせずに来たつもりだったのだが、どうやら私は爆発的な運の持ち主だったらしい。
そんな事を考えているとステージにぱっと灯りが灯されて軽快なBGMが流れ始める。
そろそろ開演のようだ。
会場全体がざわざわと騒ぎ始めると、


「どうもー!みなさん、花江夏樹でーす!」


彼が現れると会場のあちこちから黄色い声が上がってくる。
私の隣の席の人も歓声を上げながら手を懸命に振っていた。


(す、すごい人気だ)


それが嬉しかったのか、礼を言って会場のファンを細かに見渡す。
後方の座席から最前列まで目線が来ると私は彼と目が合った、気がした。

それから間もなくして司会の方が現れて、ラジオの公開収録から楽しいゲームが行われた。



「なんかさっきからずっと花江くんこっちの方見てる気がするんだけど〜!」
「やだな、気のせいだってー!」


時折送られてくる視線に対して周りの人達がコソコソとそんな話をしていた。


(でも、何か確かに目が合うような...?)






「さて、ここからは握手会へ移りたいと思います!」


スタッフの人達が現れてステージ上には特設のスペースが作られ、
会場の私達は誘導されて握手会が始まった。

みんな思い思いの言葉で彼にメッセージを届けて、余程感動したのか泣いてしまう人も。
それでも彼はありがとう、と慰めて優しく握手に応えていた。


いよいよ私の番が来た。
もう一度会いたいと望んでいた彼の姿がすぐ目の前にある。


「あ、あのっえっと...」


いざ彼を目の前にすると何を言えばいいのか分からなくなる。


「そのっ......ファンです!!!!」


(え!?私何言って!!)


我ながら当たり前すぎる。
よっぽど緊張で思考がから回っていたせいか、突拍子もないことを口に出してしまい非常に恥ずかしくなる。
だけど、


「ふふっありがとう。」


そんな私に彼は優しく笑って手を握ってくれた。


(あの時の安心した笑顔だ...)




最後に彼がみんなに気をつけて帰ってくださいと告げ会場を後にした。
イベントが終了し、全体が帰ろうと席を立ち始める。
私も外に出ようと試みるも、人が溢れかえっていて簡単に出られそうもない。
この状態じゃ収まるまで暫く待つしかなさそうだ。


(まぁ特に急いでもないし良いか..)


そう思い、先程のイベントの様子を振り返ってみることにする。
助けてくれた人を探し求めて来てみたわけだったけれど、素直に楽しんでいる自分がいた。
彼の声にどんどん惹かれて。
私も紛れもない花江夏樹のファンになってしまったのだ。
だが1つもやもやする事がある。
本当に自分がファンだと言い切るには不確かな感情がある気がするのだ。

私は一人の男性として彼が好きなのかもしれない、と。
それに気づいた瞬間に顔が熱くなって頬を両手で覆う。
そんな時だった。
一人のスタッフが私の前まで来て言った。


「外にお連れ致しますので、こちらへどうぞ。」
「えっ?あ、はいっ」


私の他にもまだ出られなくて困っている人たちが居るというのに何故私1人だけに言ってくれるのか気になったが、ご厚意に甘える形で付いていくことにした。

付いていくにも何故か裏口の廊下に入って、いかにも関係者しか立ち入れないらしい場所へと進み、
とある部屋の前で止まった。


「こちらの部屋にお入り下さい、では。」


そう言ってその人は去っていってしまう。


(この部屋に居る人に伝えれば外に出られるのかな..?)


私は何が何だか分からない。
とりあえず言われた通りの部屋をノックする。


「はーい」


(えっ?!ちょっと待って!)


考えなくても分かる。
この声が紛れもなく彼の声だということに。
ドアが開いて、焦る私の目の前に現れたのはー・・・。


「こんにちは」
「なっなななんで?!」


何故私が彼と一対一で会っているのだろう。
案内された部屋は花江さんの楽屋であると確信した。
なんだか今日は驚きの連発で本当に心臓が止まりそうだ。


「あはは。とりあえず部屋にどうぞ?」


理解もできないまま部屋の中に促されて、私の緊張は最大になった。


「びっくりさせちゃってごめんなさい。僕がスタッフに頼んであなたをここへ連れてきてもらったんです。」
「えぇっ!」


何故本人直々にこんなことを頼むのか考えても答えは出ない。


「貴女、雨の日にバス停で出会った方ですよね?」
「はい...」
「会場であなたを見た瞬間すごく驚いたんです。見つけて来てくれたんですね!」


覚えていてくれたんだ。
これで時折目が合ったような感覚があったのは気のせいなんかじゃなかったんだと分かり、嬉しさが込み上げてきた。
なんだか緊張もほぐれてきたようで。
彼と居ると私は何だか心が落ち着いてくる。


「あの..私あれからずっと忘れられなくて。探してみたら簡単に出てきて驚きました、声優さんだったんですね。今日イベントがあるって知って思わず来てしまったんです..その、あの時は本当にありがとうございました...!」


ぺこりと頭を下げる。


「やばいな..どうしよう」


顔を上げると口を手で押さえる彼の姿があった。
心無しか頬が少し赤らんでいる気がする。


「僕も同じことを考えていました。自分の名前だけ伝えて去ってしまったのであれから後悔していたんですよ(笑)貴女が僕を探してくれて良かった..また会うことが出来て、本当に嬉しい。」

「花江さん...」


にっこりと笑う彼を見ていると私も吊られて笑顔になった。


「...あの、良かったら連絡先交換しませんか?前のようなことにはなりたくないので」
「あっはい!」


そうして私の携帯の中に花江夏樹という連絡先が新たに追加された。


「やっと貴女の名前を知れた。...風香ちゃん、これからよろしくね」



そう言うとまた彼は微笑んであの時みたいに私の頭を優しく撫でた 。











優しい花A

これから2人の恋が始まる予感







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