Voice story

□もう一度、ね
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とある現場にて。
今日は私も出演する夏季アニメの収録が行われる。


「おはようございますー!」


スタッフさんや出演者の方々に挨拶を交わして私は立ち位置につく。
リハーサルが簡単に済まされた後、本番が始まった。


私の出番が終わったのでブースの外で休憩も兼ねて次の仕事の台本チェックをすることにした。
次の現場は同様にアニメの収録。
だが、この作品は新しい試みで私の中でとても葛藤しているものだ。
青春モノの恋愛アニメで、女子ヒロインは恋心を抱く男子が居るのだが自分に自信がなく内気な性格の為、中々彼に話しかける事もできないという、
非常に純粋なシナリオで甘酸っぱい作品。
出演陣も豪華である中、なんと私はこの女子ヒロインに選ばれたのだ。
オーディションの時はまさか自分が主役をやるなんて思ってもいなくて。
いわゆるアニメを担う重大なポジション。であるが故に今までそこまで台詞量の多い役は演じた事がなかっただけにこの上ないプレッシャーを感じている。
勿論とても有難くて嬉しいことではあるのだけれど。
座長として現場の雰囲気作りや他キャストを引っ張っていけるのだろうかという不安もあった。


(本当にどうしよう..私に務まるかどうか自信が無い...)


頭を抱えていた時、1人の男性がスタッフに挨拶をしながら現場入りしてきた。


「あれ、風香!おはよ〜!」
「...翔太!おはよう!」


彼は声優の蒼井翔太。
彼と私は専門学校からの同期で同い年でもあるのでデビュー後も業界内で気を許せる唯一の存在で、顔を合わせる機会が多々ある。
そして刺激しあえる良きライバルでもある。


「なに?次の台本チェック?」


翔太が来たという事はもうすぐこの現場が使われるのだと分かり、私は慌てて隠すように片付けた。


「あ、うんっそうなの!めっちゃた、楽しみでさ〜!」
「ふぅーん?」


意見を聞きたいなと思ったが、まだ世間に発表されていない秘密案件ということもあり、
翔太に介入して貰う必要はないと思っていた。


「その割には元気ないようだけど大丈夫?」
「へ?」
「嘘つかんくていいんだよ」


かつて共に学んできた彼のよく知った頼もしい表情に安心した。
その瞬間やっぱり相談しよう、そう思った。


「あの、ね..初めてのヒロイン役でどうしたらいいか分からないの。他のキャストさんみんなすごい人達ばっかりだし…。座長として現場の雰囲気の作り方も分かんないっ」


すると、翔太は私が片付けかけていた台本を手に取って目を通した。


「そっか。でも他の出演者の人達を意識しなくていいと思うよ。風香が悩む初々しさっていうのにも今回の青春ものに上手く反映するんじゃないかな?それに、そんなヒロインだからって気負わなくていいと思うっ」


考えもしなかった。
自分には無かった言葉たちだった。
翔太はネガティブな私にいつも明るく道を照らしてくれる。
こうやって私がマイナスの方向へ行こうとすると迷わず遮断してくれるんだ。


「偉大だよ...」
「へ?」


口からついて出てきた素直な言葉に彼は驚く。
翔太にとってはごく普通で当たり前な 逆境をプラスに変えられるポジティブな思考も、
中々出来ることじゃないと思う。


「翔太、ありがとう!!すごい救われたよ」
「本当?それなら良かった!...風香、最近あんまり相談してくれないんだもん。ちょっと寂しかったんだ」
「え..」
「俺はいつでも風香の味方だし、話なんていくらでも聞くんだからね!」


夜中でも蒼井相談窓口は受け付けるよ!ととびきりの笑顔で後から足して言う。


「うん..っ」





"ライバルである以前に風香は俺の大切な人なんだから"







もう一度、ね

君と寄り添いたいんだ


(翔太〜〜やっぱ頼る〜!)
(はいはい泣かないの)





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