short

□焦がれる
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真剣勝負だな。
ふ、と笑ったその顔は、あの頃よりも少しだけ大人びていた。

















「遠慮はするな」

「……わかってる、っ」





背に跨り両手を押さえつけた。ぼろぼろの身体にぴたりと苦無を当てると手が震え、そんな私の動揺に気づいたのか三郎がくく、と小さく笑った。抵抗の気配は伺えず、口元を緩ませたまま首だけでこちらを見遣るその目はどこまでも優しい。





「早くしろ。この体制は疲れる」

「……」

「泣くなよ…今はお前の涙を拭ってやることができないんだ」

「や…だ……さぶろ、私…」

「仕方ないさ。これが、私たちの選んだ道なのだから」





わかるだろう?ぼろぼろと涙を零す私に悟すように話しかけてくる三郎。きっと今なら逃げ出すことも容易いだろう。だってもう、彼の腕を掴む私の手にはほとんど力が入っていないのだから。だけど三郎は体制を変えず、時折痛みに顔を歪ませながらも私を見上げている。どこまでも優しい人。あの頃から、ずっと。





「次の世で、また会おう」

「っ……」

「お前がどこにいても、何をしていようとも」

「ひ…っく、さ、ぶろ…」

「約束しよう。私は必ず――」





お前を見つけだしてみせるさ。








ずっ、と肉を裂く鈍い感覚。赤い飛沫が頬にかかり、掴んでいた腕からゆっくりと力が抜けていく。

伏せていた三郎の身体を仰向けに戻し、横に寝転んでまだ暖かいその体にそっと寄り添った。髪も顔も服も、三郎の血で真っ赤に染まってしまった。頬に触れ、薄い唇に触れるだけの口吸いをする。

綺麗な死に顔だと思った。







「ねぇ、三郎」



「約束、守ってよね」



「あなたも知っていると思うけど、私は忘れっぽいから。もしかしたらあなたのことを思い出せないかもしれない」



「それでも、」





――待ってるから。







握り締めた苦無から滴る赤に愛しさがこみ上げる。
微笑んで、私は真っ直ぐにそれを己の心臓へと突き立てた。

































































「という夢を見たの」

「……」

「私、あの頃からもう物忘れがひどかったのね」

「……」

「まったく。どうせ生まれ変わるならもっと賢い子にしてほしかったわ」

「……」

「三郎?」

「……」

「ふふ…もう、三郎ったら」






そんなに泣かないでよ。





雨の音が響く室内で、私は俯いたまま肩を震わせる三郎の手をゆっくりと握り締めた。暖かな温もりに安堵感がこみ上げ、涙が零れる。



ずっとずっと、そばにいてくれたのね。
私のこと、見つけだしてくれたのね。


約束、守ってくれてありがとう。





「もう、思い出してはくれないと…諦めていたんだ…っ」

「…うん」

「私はずっと…ずっと探していたんだぞ…」

「……」

「この馬鹿……っ」

「…ありがとう、三郎」





忘れすぎだ。そう言ってようやく顔を上げてくれた三郎の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、次から次へとこぼれ落ちるそれを拭おうと手を伸ばすと、腕ごと引っ張られすっぽりと腕の中に収まった。痛いくらいの力で抱きしめられ、肩越しに三郎のすすり泣く声が聞こえてくる。どうやら泣き顔を見せてくれるつもりはないらしい。相変わらず強がりね、と小さく笑うと、無言のまま腕の力を強められた。





大変だったんだからな。

暫くして、少しだけ落ち着いたらしい三郎がぽつりと呟く。





「漸く見つけたと思ったら、案の定というか、お前は全く私のことを覚えていなかった」

「う…ごめんなさい」

「私がお前の気を引くためにどれ程苦労したと思ってる」

「一歩間違えばストーカーだったわね」

「毎日毎日お前の教室に通い、兵助や勘右衛門には呆れ顔で見られてだな」

「あの頃はとんでもない変態が現れたと思ってた」

「っ!!」

「あ、ごめんごめん!泣かないで!」




「ぐすっ……それでも、」

「それでも?」

「こうして、お前は私を選んでくれた」

「……ええ、そうね」





そう。私はこの世界でもまた、三郎と結ばれることができたのだ。
高校で再び出会い、同じ大学に通い、卒業と同時に入籍した。

そしていま、私のお腹には新しい命が宿っている。



三郎が私を見つけ出してくれたから。
あの頃と同じように、ううん、それ以上に。
愛してくれたから。





「まさかお前が後追いするとは思ってもいなかったが」

「ごめんなさい。馬鹿なことをしたと思っているわ」

「いや、いいんだ。私がお前の立場だったとしても、きっと同じことをしていただろうから」





三郎の手が私のお腹にそっと触れる。ああ、なんて平和な世に生まれたのだろう。ひたひたと湧き上がる幸福感に頬を緩めていると、私のおなかに当てていた手をぴくん、と揺らし「いま、動いたぞ」と三郎が嬉しそうに笑った。





「どっちに似ると思う?」

「どっちにも」

「もう、なによそれ」

「どっちでもいいさ。私とお前の子なのだから可愛いに決まっている」

「ふふ、さっそく親ばかね」





愛してる、三郎。

まっ赤に泣き腫らした瞼にキスを落とすと、三郎は困ったような照れたような複雑な表情を浮かべ、ゆるりと微笑んだ。



















「お腹の赤ちゃん、庄ちゃんや彦四郎みたいな子だといいわね」

「生まれた瞬間冷たい目で見られそうだからやめてくれ」











14.2.6


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