alongside
□契約成立
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「女子の体育は来週からテニスだ!…おー、神原は男子テニス部だったな!」
そう言いながら先生は豪快に笑う。
「期待してるぞ!」
私の引きつる笑顔が見えていないのか、おまけにポンと肩を叩いてきた。
『ハ、ハハハ…』
…
「今の、あれ先輩だよな?」
「1年に何か用かな?」
色めき立つ声を発しながら、リョーマの横を同級生が通り過ぎて行く。
そんな姿を横目で見ながら、自分には関係ないと思っていた。
のが、間違いだった。
1年2組の廊下側の壁にもたれ掛かっているその人物を、リョーマはもう見慣れている。
テニス部マネージャーの、
「何やってんスか、神原先輩」
こころの方がリョーマより10cm程背が高く、見下ろすなんてことは出来ない。
悔しいから、その顔を下から覗きこむ。
『お、』
明らかにビックリしたようで、目をパチパチさせている。
それから百面相のように、
『良かったー!いやぁやっぱ学年違うと目立つね!』
そういつものカラ元気な笑顔で言った。
「で、何やってたんスか?」
『君の待ち伏せ』
こころは人差し指をリョーマに向ける。
そして迫る様に、
『越前君、一生のお願い!後輩に頼むなんて私のプライドが許さないけど…だけど、優良物件はもう完売なのよ!』
「・・・は?」
全く話が見えてこない。
つーか、近い…
「先輩、」
『ん?…あ、階段の踊り場まで行こうか』
我に返ったこころは、苦笑しながら歩き出す。
マネージャーとしての能力なのか、状況判断が早いことにリョーマは時々驚かされる。
『やっぱ越前君てモテる?…心なしか視線が痛いよ、先輩は』
廊下を歩きながら、唐突にこんなことを言いだすものだから返答に困る。
この人は分かってない。
どう考えても…
『あ、そうそう、話の続きだけどね、テニス教えて!』
踊り場について早々、こころはリョーマに向かって顔の前で両手を合わせた。
「…は?」
『だーかーら、テニス!体育の先生が妙なプレッシャーかけてきたのよ!』
「はぁ… 桃先輩は。」
『言ったでしょう、優良物件は満杯なの!あれで桃って結構人気者なのよ、』
言われなくても分かる気がする。
『薫ちゃんは良い人だけど、ちょっとねぇ、』
なぜかこころの視線が泳ぐ。
『んで先輩には迷惑かけられないでしょう。そこで、』
「俺ってわけッスか」
『そう!背もあんまり変わらないし』
…嫌味?
「いいッスよ」
『え?いいの?!ありがとう!』
「その代わり、」
『その代わり?』
「先輩に敬語つかうの面倒くさいんだよね」
『…は?ちょ、越前君?』
「だから敬語なしで良い?」
『いや、良くないでしょ。他の後輩に示しがつかないよ』
「ふぅん。…先輩、それが人にものを頼む態度?」
『う゛っ…このやろう…』
押し黙ったこころを見て、リョーマはふぅっとため息交じりに、
「この話は無かったことに」
そう言ってくるっと向きを変え、教室に戻ろうとすると、「待った」がかかった。
『わ、分かった、越前君が、…レギュラー入りしたらね!!』
本人は胸を張っているが、苦し紛れに聞こえるのは自覚しているからだろう。
こころの「凄い人」発言をリョーマは聞いている。
「先輩、俺、そのつもりだけど」
自分で言いながら口元が緩む。
『い、今笑ったでしょう!絶対負けないから!』
「・・・・・」
誰が…?
『じ、じゃぁこの件は契約成立ね!…サボんじゃないわよ!』
「先輩こそ早々にバテないでね」
『こら、敬語をつかいなさい!』
この発言にリョーマはムッとするが、その間に一段飛ばしでこころは階段を駆け上って行ってしまった。
…負ける気はしない。