middle of a dream

□ただいま
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無題:
御影の話し聞いたよ。


Re:
そう。ありがとう。


Re:Re:
御影、馬関係の仕事に就きたいんだってな。


Re:Re:Re:
知ってる。
アキが聞いてもらえて良かったって。


Re:Re:Re:Re:
そうか。俺も聞けて良かった。
馬の意味も分かったしな。


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『…は?』


意味不明な最後の一文を無視する為、ケータイをパタンと閉じた。

明日は久しぶりにアキん家の手伝いだ。





















ちょっと遅かったかな? そう思いながらアキん家に来たのはいいけど、誰もいない。

いない代わりに大量の牛がいる。

えーっと…御影さん?



八「こころ!」



?!

突然名前を呼ばれて心臓が跳ねあがった。



『ちょっと、いきなり背後から声かけないでよ。』

八「え?あぁ…すまん。」



まともにビックリした自分が恥ずかしい。



祖父「こころちゃんおはよう。」

『おはようございます。…あ、アキパパ退院おめでとうございます。」

父「おう、ありがとう。いつもすまねぇな。」

『いえ、全然。それよりこれは…』



のそのそと動き回る大量の牛を指さす。



祖父「町営牧場の牛がどこか柵壊して出て来たんだべ。美味いエサがあるからうちに来やがった。」

『なるほど。』

八「これ…何頭くらいいるんでしょう…」

祖父「300はいるべなぁ。若い牛に追われてうちの牛がケガしたら困る。うちのと牧場のと分けて収容するか。」

八「分けるって…。俺にはどっちがどっちか…」

父「乳房見たら分かるべや!町営牧場のは未経産牛でこれから成長する乳房!うちのは、経産牛だから母ちゃんのみたいに垂れ…」



言いかけてアキパパはアキママにズパンッと箒で叩かれた。

いい音。じゃなくて牛、牛の分別。



母「ほれ、そっち行きな!」

八「コラコラコラまてコラ!」

『ほらそっち行かない。こっち。…そう、おいで。』

御「お父さん、そっち行った!」

祖父「だめだこりゃ!人手が足らんわ!」

祖母「よそに応援たのみましょう!」



パタパタと手であおぎ、額に浮き出た汗を手の甲で拭っていたら、バイクが一直線にこっちに向かって来た。



『?!…なに?』

祖父「なんだぁ!?」

父「スーパーカブ!?」



低音を響かせて牛を追っかけまわしている。

新手のバイク使いか。

けど、あれ…?

バイクに誘導されて牛が次々に柵の中に入って行く。


祖父「おー、見事!」

八「すご…牧羊犬みたいだ。」

父「誰だ、あれ?」

御「かっこいー!」



ぼけーっと見ていたら、バイクの操縦者がいきなり「はぁーーーーっ…」と叫んだ。

かと思ったら、牛の糞に滑ってバイクから落下した。



『…かっこ悪い。』

祖父「おい、大丈夫か!」

「あでで…調子に乗りすぎた…」

祖父「ケガは?」

「ぶぇーーなんだこりゃ?牛のクソってこんなベチャベチャなのか?」

祖父「兄ちゃんどこの誰さ?」

八「……その声は…」

『?』



顔をあげたバイク使いがにっと笑う。



「おう勇吾!久しぶりだなぁ!」

八「……兄貴……っ!!」

御「八軒君の…お兄さん?」

八「そう!」

『へぇ。八軒にもお兄さんいたんだ。』

八「話するのもスゲーヤだけどな!」



…そんなもんかな?

私もお兄ちゃんいるけど、話すのさえ嫌だとは思ったことない。

ふーん…いろんなうちがあるんだ…

しげしげと改めて二人を見比べる。



御「うーん…人当たり良さそうなお兄さんだけどなぁ。」

八「上っ面に騙されるな御影!!あいつには話が通じない!!」

御「ちゃんと話し合えば分かり合えるって、八軒君、私に言ったじゃない。大丈夫 大丈夫!」

八「ううう!!己の言葉に首を絞められるとは!!………。…なんでここにいるんだよ、兄貴!」

慎「勇吾と連絡とれないから様子見てきてって、お袋に頼まれたんだよ。ちょうどバイクで北海道中周ってたから、ついでにエゾノーまで見に行ったってワケよ。
そしたら寮は工事中で生徒は誰もいないし、事務所に訊いたら外泊届けが出されてるって言うし…御影アキって子の家に泊まりこんでるって聞いたぞ。…おまえヒモなの?」

八「バイトだよ!!」

慎「ふーん、ふーん…じゃぁこっちの子?」



…?

なんで?なにが私?



八「違ぇよ!!」

慎「なんだーつまらん。せっかく可愛い子いんのになぁ。」

八「…兄貴、もうそれ以上口を開くな。」

慎「えー。」



??

話の内容がよく分かんない。



『八、』

八「こころも追及するな。」

『………』



有無を言わさず遮られてムッとする。

納得いかない。



祖「今時期バイクで北海道周ってるって…学生さんか何かかい?」

八「…大学生。東京の大学に言ってるんです。」

御「わー、遠い所だねー。何大?」

八「東大。」

『! 凄いね東大。』

「「…………」」

慎「大学はやめちった。」

八「やめた!?」

慎「今はラーメン作ってる。」

八「ラーメン!?」



なんか、斜め上を行くお兄さんだなぁ。

こういう人のことを放浪人って言うんだっけ…。



慎「いつかのれん分けしてもらって俺の店を出すのが夢っス!」

父「せっかく東大入ったのにもったいねぇなー。」

慎「いやー、俺みたいなのが入れるんだから、東大とかたいした事無いっスよ。」

八「わかるか御影…死ぬ気で勉強やってきて挫折した人間のライフゲージを根こそぎ持ってくこいつの言動を…」

御「あ…うん…簡単に話し合いとか言ってごめん…。お兄さんが何言ってるのか私わからない…」

『へぇー。東大ってたいした事無いんだ。』

御「私、こころの言ってる意味もわからない…」

八「ああ、前も思ったがこころは兄貴よりだな…」

『…私なにか変な事言った?』

「「いや…」」








「よっしゃこれで全部収容できた!役場と農協に連絡して牧場に戻してもらうべ。」

「夕方の搾乳までにうちの牛も選り分けんとな。」

「あ〜〜走りまわったら腹減ったな〜。」

「そういや昼メシまだだったな。」

父「兄ちゃん牛追ってくれてありがとうな!なんも無いけどメシ食ってけや!」

母「ばあちゃん、ご飯の仕度しよう。」

慎「これから仕度っスか?…なんなら俺が作りましょうか、ラーメン。」

祖父「ラーメン!いいねぇ!」

祖母「でもうちには材料無いわよ。」

慎「大丈夫っス!スープと麺はいつも持ち歩いてるんで!」



そう言ってお兄さんは自分の荷物をごそごそと漁り始めた。



八「牛の糞だらけの体でメシ作るとかやめんかー!!」

慎「なにをう!?牛のうんこからは「バニリン」っていうバニラの香り成分がとれるんだぞ!!イグノーベル賞とったんだぞ!!牛のうんこなめんな!!」

八「牛の腸内にはO111(オーイチイチイチ)やらO157(オーイチゴウナナ)やらの腸管出血性大腸菌がいるんだよ!!そっちこそ牛のうんこなめんな!!」

慎「バニラ豆を原料にする方法と比べてコストは半分他の草食動物の糞も利用牛糞1グラムに水4リットル200度で60分加熱事150マイクログラムのバ―――」

八「そもそもバニラ成分リグニンから生成するその辺のおがくずを使セルロースの副産物と―――」



兄弟間で牛の糞についての呪文の嵐が飛び交う。


…ねぇ、



『兄弟そろってバカなの?』






そのあと八軒のお兄さんが作ってくれたラーメンは、見た目だけ美味しそうで味は不味かった。

それはもう全員が頭を抱えて落胆するくらいに。


次の日アキん家へ行ったら、もうお兄さんは旅に出たらしく、会うことは叶わなかった。

だから代わりに


『なにか探してるってのは、兄弟じゃない?』


八軒にそう言ったら、


八「いーや!あんなやつと一緒にされたくない!店出すなんて迷惑な夢だ!」


と即行で返って来た。



うん、まぁ…そうだけど…。

きっとどこかで八軒も救われているんだと思うよ。お兄さんに。
 
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