Story.
□散文放置場
2ページ/3ページ
【図書室の女帝】
「よいしょ、っと」
ドサッ、と音を立てながら段ボール箱を床に下ろした。
箱の中に入っているのは新しく図書室に置くことになった新刊の本。
放課後、図書室の貸し出しカウンターである。
俺は鵜堂カナメ。
図書委員の2年だ。そして今なぜかドヤ顔だ。
「あーもー、何冊あるってんだよ」
箱を開けると、大小様々な本が軽く20冊は入っている。
どうりで重いわけだよ。
ふっ、と背後から微かに忍び笑いが聞こえたのは、多分気のせいじゃないはず。
聞こえた方を向くと、カウンターの椅子に座って頬杖をつきながら、大判のバカでかい本を読みふける女子生徒の背中があった。
ツヤのあるストレートの長い黒髪がセーラー服の背中の大部分を覆い隠し、後ろ姿だけなのになんだか気品が感じられる。
その背中に向かって、俺は呟いた。
「あーあ、どれもこれも、図書委員のクセに新刊注文しまくって本読んでばっかで、働かない誰かさんのせいだなぁ〜」
これはあくまで、俺の「独り言」、だ。
しかし、俺のその「独り言」に、
「・・・・なんですって?」
その女生徒は反応した。
本を閉じてゆっくりと振り向き、俺と目が合うと、キッと睨みつけた。
背表紙のタイトルからすると、読んでいた本は日本の古い文豪の小説を作者ごとにまとめた本のシリーズの一冊らしい。
切れ長の涼しげな目元を僅かにつり上がらせ、薄い唇をひきむすんでいる。
この人は、文月樹妃(フミヅキ イツキ)。
三年生で図書委員長。
ついでに言うと、学校屈指のかなりの美少女。
「図書室の女帝」―――と一部の生徒に呼ばれてたりなかったり。
一緒に活動している俺としては、実にぴったりなネーミングだと思うのだが、本人に聞こえた場合、その日は命日になる―――というのも一部の生徒の噂なんだけど。
まあ俺も身の安全を考慮して、決して本人の目の前で呼んでみようとは死んでも思わない。
その女帝・文月先輩は、実に形の良い唇を薄く開いて俺に言った。
「もう一回言って御覧なさい?カナメ君」
「だから、どっかの誰かさんがドカドカ本注文して仕事せずに本読んでばっかで困っちゃうなあああ!ということですが何か。」
俺は、さっき呟いたことをリピートしたまでだ。
何しろ、文月先輩自身がもう一度言えと言ったのだから。
「そう・・・・、」
そして、静かに目を伏せ、おもむろにカウンターの下の棚に手を伸ばし、ゆっくりと、一冊の本を引き抜いた。
やたら分厚く、かなり重そうな装丁。
ちらりと見えた背表紙のタイトルは、「広辞苑」。
そしてその「広辞苑」を手に、文月先輩は立ち上がり、両手で持ち直したと思った瞬間に頭の上まで振り上げた。
「死ねっ!!」
いや、掛け声おかしいでしょ。
しかも感嘆符2つ付いてますって。
空気を切り裂き迫り来る広辞苑。
広辞苑は俺の頭頂部めがけて振り下ろされたが、俺は間一髪で真剣白刃取りの如く両手で受け止めた。
「先輩早まらないで下さいそれは日本語の意味を調べるための書物であって人の頭を殴打するための鈍器ではありませんっ!!」
「あらそう!
知ってるなら今すぐこの本で『礼儀』という日本語を調べるといいわ!!」
それでも先輩は手を離そうとせず、いざ俺の頭蓋を粉砕せんとさらに力を込める。
「ていうかそもそも活字中毒で本の虫って先輩が本で人殴るってどういうことですか!」
「いろいろ余計な形容が多いし私にこういうことをさせてるのはアンタの暴言のせいでしょうが今すぐ取り消しなさい!!」
「俺の発言に何一つ間違った情報は無かったかと思われますが!?」
「だまらっしゃい!!」
「いぃっ!?」
ゴッ、という衝撃と共に平たく重い物がつむじのあたりにぶつかるのを感じ、俺は思わず頭を抱えてしゃがみ込んだ。
恐る恐る目を開け、頭を両手で抑えながら目の前の文月先輩を見上げると、先輩はまるで赤ん坊を相手にしているかのように、広辞苑を大事そうに優しく抱えて、表紙を丁寧に清潔そうな青いハンカチで拭いていた。
「・・・・ホント、アンタが私を侮辱するような暴言を吐くことがなければ、この本だってわざわざアンタの小汚い頭に触れることなく済んだかもしれないのに」
「・・・・この、歩く理不尽め」
「何か言ったかしら?」
俺の悔し紛れの呟きは先輩のとっても素敵な笑顔によって相殺された。
「い、いえ、なんも・・・・」
「そう。」
先輩は先程のようにカウンターの椅子に腰掛けると、俺の頭を殴打するのに使用した広辞苑を「ご苦労様」と一声呟いて丁寧に棚へしまった。
後輩に対しても、あれくらい親切に接してくれてもいいと思う。
(こんてぃにゅー...?)