海底散歩と四拍子

□在りし日の…
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「此処…かあ」




東野は目の前の建物を見上げながら、小さく呟いた。

異能力で太宰の位置を探知した東野は早速、その場所までとやって来ていた。
敦を襲撃したのがポートマフィアであると気付いた時点である程度の予想はしていたが、実際に目の前に聳え立つマフィアの建築物(ビルヂング)は立派な物で。




「電子警備体制(セキュリティ)も厳しそうだねー…」




何処か楽しそうに独り言を言うと、東野は鼻歌を歌いそうな位の軽い足取りで中へと入っていった。
幸いというべきか、周辺には人の影はない。
東野は周囲の状況を確認すると、近くに見えた差し込み口に手を翳す。そして、ゆっくりと目を閉じた。




「異能力――"電脳遊歩"」





東野の異能力は、電気や電波に関わる物単体…譬えば、盗聴器や監視カメラといったものに限らず、建物内なら差込口などから建物全体に能力を使うことが出来る。
つまり、差し込み口さえ見つければどんな電子警備体制(セキュリティ)であったとしても、東野は其れを無効にすることが出来るのだ。

実際、差し込み口に手を触れて異能力を使った東野は、短い時間で凡ての電子錠(ロック)を解除し、凡ての監視映像に同じ映像を繰り返し(ループ)再生するよう仕込んだ。





「これで良し…っと。後は、敵さんに見つからないように動かないとね」




東野はふうと息を吐くと、もう一度だけ辺りを見渡して人が居ないことを確認した。
東野の能力は電子機器を用いた警備体制(セキュリティ)には有効だが、人力による物には当然効果はない。人に見つかってしまえば、それで御終いなのだ。





「…良くこんな危険なこと普通にやれていたな、昔の私」




ふと昔のことを思い出し、東野は思わず苦笑いを零した。

それは昔、東野が姉の死の原因を探る為に異能力に関する情報をあらゆる場所で集めていた頃。
何時の間にか巷では影猫(ファントムキャット)と呼ばれていた…――実は正直、そんな通り名を付けられているとは思わず、少し恥ずかしかったのは誰にも言ってなかったりする。




「まあ、あの頃は色々と必死だったし…」




姉の死を知れるなら自分の生死なんて問わない…って勢いだったからなあ。
それで国木田さんに怒られたっけ。




「却説(さて)…如何しようかな」



如何しようといったたものの、人の気配に気を付け乍ら動くしかない。
判っているのだが、いざ動くとなると足が思ったように動かない。





「あの時は⋯どうしていたっけ?」




そうだ。確か、せめてお姉ちゃんの歌に勇気を貰おうと思って、口ずさんでいたんだった。
今回もそうしよう。

東野はそう思い立つと、早速…と、姉の歌を思い返す。




『おねえちゃん、どこー?』



そんな時にふと思い出したのは、姉と隠れん坊をしていた幼少の頃の自分の声だった。

小さい頃から東野は、姉と良く2人で遊んでいた。
隠れん坊も時々やっていて、東野が鬼になった時には大抵、見つけることが出来ずに降参し、姉の名前を呼びながら歩き回っていた。



『早樹、早樹、こっちだよー!』

『あ、いた!さがしたんだよ!』

『えー、私は早く見つけてもらいたくて歌っていたくらいなんだよ?』

『歌なんてきこえなかったよ!』

『ほんとう?こんな歌、歌ってたんだけどな』



そう言って、歌い始める声はとても透明で、透き通っていて。
早樹は剥れながらも、その歌声に耳を傾けることが大好きだった。






「ある意味これも隠れん坊みたいなものだし…」



どんな理由だよ、と内心自分にツッコミながらも東野は既に心に決めたようで、其の時に歌っていた姉の歌を想起する。
そしてゆっくりと、口ずさみ始めた。

それはアップテンポで、とても柔らかな曲調の歌だった。
此れを歌っていると、何だか見つからないような気がして。
東野は不思議と、勇気と自信が出てきた。




大きな衝撃音と共に、建物が少し揺れた。
明らかに地震とは違う、その音に東野は口遊むのを止め、直ぐに立ち止まった。




「……今の衝撃、この真下から来た気がする」




下で、何か起きている?
そう思った時、真っ先に頭に浮かんだのはこの建物の何処かにいる筈の太宰のことで。
東野は脇目も振らず走り出すと、更に下の階へと向かうのだった。




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