海底散歩と四拍子

□Detective Boys
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「小僧が拐われただと?」



喧噪の探偵社で、国木田は驚いたように眉を上げた。
小僧こと敦が誘拐されたと報告した谷崎は、少し息を切らせながら「は、はい」と頷いた。



列車での襲撃から逃れた敦は、東野からの連絡で駆け付けた国木田に助けられ、川辺で倒れた鏡花と共に探偵社へと戻った。
探偵社の医務室で目を覚ました鏡花は、橘堂の湯豆腐を条件に凡てを話すと言う。敦は其れを聞いて簡単に了承したが、実際橘堂は何処から見ても高そうな料亭だったわけで、まだ探偵社に入って間もない敦は涙目で財布と睨めっこすることになる訳だが。
…とまあそんな料亭で、黒幕と彼女自身の生い立ちを聞いた敦は、国木田に『軍警に鏡花を連れていけ』と指示を受けた。

…然し乍ら、優しい敦には連れて行けば死罪になる少女を軍警に引き渡すなんてことは出来る訳もなく。
結果、気付けば敦は鏡花とデート場(スポット)巡りにすることになっていた。



そして、話は冒頭へと戻る。





「小僧の行先は掴めているのか?」

「あ、はい。目撃情報に拠ると、白昼の路上で襲われて貨物自動車(トラック)に押し込まれ、その後の行方は杳として……」

「……拙いな」




国木田によると、ポートマフィアには独自の密輸ルートが無数にあり、人一人誰の目にも触れず運ぶ位造作もないという。
其れを聞いた谷崎は、早急な救助を感じ焦った様子を見せた。
然し、乱歩は平然と、ハッキリと言ってのける。




「助ける?なんで?」



余りにも残酷な一言に、谷崎は狼狽えた。
乱歩は依然、氷菓(アイス)を片手にさも当然といった様子で淡々と続ける。




「彼が拐われたのは、人虎とか懸賞金とか、つまり個人的な理由でしょ?うちは彼の養護施設じゃないし、彼も守ってもらう為にうちに入った訳じゃない」

「でも…敦くんは探偵社の一員で」
「いや、乱歩さんの云う通りだ。俺たちが動くのは筋が違う」

「国木田さん…」



国木田にまで乱歩の意見に賛同されてしまい、谷崎は愈々反論に窮してしまった。
普段、こういう意見を出すような場面では谷崎は他者の意見に流されて生きてきた人間だ。
今だって、そうだ。
何か言い返したいのに、其れを強く反対する為の言葉は出てこない。


『筋って何ですか。そんな屁理屈云ってないで、今目の前で窮地に立っている少年を助ければ良いじゃないですか』

ふと、この場に居ない先輩社員の声が谷崎には聞こえた気がした。
きっと、この場に彼女が居ればそう云うだろう。
そんな事を思っている間にも乱歩と国木田は話を進めていて、警察に通報すべきだとか何とか話している。


……早樹さん、何処にいるンですか。
敦君がピンチなンですよ。
このままじゃあ…。





「あのー」




思わず目を瞑った谷崎は、聞き慣れた声に慌てて其方を向いた。
扉の前には先程まで机の前に座って居た筈のナオミがいて、男たち3人を冷ややかな表情で見ていた。




「皆さんの大好きな『筋』とか『べき』とかで議論していたら百年経っても何も決まらなそうなので。
…――此の方をお呼びしました」



妖艶に微笑む彼女の隣には、
此の武装探偵社の社長こと、福沢が静かに其処に立っていた。
思わぬ人物の登場に3人は驚いた顔をしたが、直ぐに国木田は福沢の元へ駆け寄ると頭を下げる。



「申し訳ありません。業務が終了次第、谷崎と情報を集めて…――」
「必要ない」



ぴしゃりと叩くように言葉を遮った福沢に、国木田は頭を下げたまま一瞬硬直した。
だが、福沢は彼に目も暮れないまま「全員訊け」と、其の低く重みのある声で告げる。




「新人が拐かされた。全員追躡に当たれ!無事連れ戻すまで、現業務は凍結とする」




社長の言葉に、乱歩は「凍結?」と納得いかないといった風に眉を寄せる。
国木田も少し戸惑った様子で、頭を上げた。




「しかし、幕僚護衛の仕事が……」

「私から連絡を入れる。案ずるな、小役人を待たせる程度の貸しは作ってある」

「社長、本当にいいの?」

「何がだ乱歩」



思わず意見を挟んだ乱歩は、片肘を机に乗せたまま頬杖を付いた。




「何がって…理屈で云えば」
「仲間が窮地。助けねばならん。それ以上に重い理屈がこの世にあるのか」




福沢の主張に乱歩は返す言葉が無くなったようで、渋面を作ると座っていた椅子を回転させて背を向けた。
反論が無くなったことを確認してから、福沢は近くにいた国木田の名を呼ぶ。
国木田は、眼鏡を押し上げ乍ら社長の呼びかけに短く答えた。




「3時間で連れ戻せ」

「はっ」




福沢がいなくなると直ぐに国木田は、東野に電話を掛けた。
然し、どれほど待っても回線は繋がる様子はない。
ぷるるるという音を聞きながら国木田はふと、彼女の言葉を思い出した。


『貴方の後輩でもあるんですから、敦くんのこと、お願いしますよ』





其れは、最後に聞いた東野の言葉で。

真逆、あの時は本当に彼女の言葉通りになるとは思っていなかった。
だからこそ、今は言い返したい。




「お前も小僧の先輩だろうが。こんな時に何をしているんだ…――早樹」






「怒ってるだろうな、国木田さん」




着信音の鳴る携帯を握ったまま、東野は思わず小さく苦笑した。
然し乍ら、其の携帯を開いて電話を取ろうとはしない…――取ってしまえば、確実に探偵社に戻らないといけないと判っていたからだ。




「でも、今戻る訳にはいかないの」




だってまだ、太宰さんを見つけられてないから。

ボソッと呟くと東野はもう片方の手に持っていた受信器をゆっくり掲げる。そして、意識を集中させると異能力を発動させた。
受信器から……そして、電波に乗って送信器へ。




「……っ」




送信器へ辿り着こうとした処で、遮断されるように信号(シグナル)が消える。
頭の中で広がる地図には、何も現れない。

何度も経験した結果に東野はうんざりしたように溜息を吐くと、近くの壁に凭れ掛かかった。




「少し、考えてみようか」




同じことを繰り返しても何も結果を得られない。
そう思った東野は冷静になって考えることにした。


敦くんへの襲撃を考えるに恐らく、太宰さんの居る場所はポートマフィアの何処か拠点なのだろう。
では何故、位置を受信することが出来ないのか。
受信器が壊れた。或いは、受信出来ないような場所……譬えば地下にいる。
また、或いは。





「太宰さんが発信器の電源を、切って…いる?」




太宰程の聡明な人間が発信器にこれまで気付いていなかったというのも、東野にとっては疑問だった。
然し、もしも実は発信器の存在に気付いており、
理由は判らないが敢えて、其のままにしていたのだとしたら。

そして、
もしもこれから起こることを想定した太宰が自ら、発信器の電源を切ったのだとしたら。





「私を巻き込まない為に、電源を切った…?」




其れはつまり、太宰自身に危険がある可能性がある…ともいえる訳で。
……違う、と思いたかった。
でも、ふと頭を過ったのは東野の目の前で居なくなってしまった、優しい姉の笑顔で。





「……っ」



厭、だ…。
厭だ。
厭だ、厭だ。
また、喪うのは。
もう、失うのは。

行き着いてしまった仮説に、東野は眩暈がした。
酷い耳鳴りがする。
それに耐えきれなくなって、東野は思わず座り込んでしまった。




「駄目…だ」



判っていた。
自分が太宰さんに出来ることなんて本当に少ない事くらい。

だとしても。


東野はふらりと立ち上がると、もう一度、手にしていた受信器にもう片方の手を翳した。




「お願い。届いてよ…!」




今にも泣き出しそうな声は空へと消えていく。
その時一瞬、割れるかと思う位の酷い頭痛がした。
靄が掛かったかのような視界に、東野は少しよろめいた。

それは、何時も受信器から発信器の位置を特定する時とは違った反応(リスポンス)だった。
如何したのだろう。
東野は働かない頭で其の原因を考えようとした。

然しそれは、つかの間の事だった。





「……あ」



何故なら、頭の中の地図には今まで現れなかった赤い点が、ぼんやりと、浮かび上がったからだ…――それは確かに、太宰の居場所を東野に告げるものだった。



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