海底散歩と四拍子

□人を殺して死ねよとて
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「太宰が行方不明ぃ?」



敦の言葉に、国木田は眉を顰める。
其の表情には驚きというより、何方かといえば白けの感情が含まれていた。
然し、敦は気にすることもなく「はい」と首を縦に振って続ける。




「電話も繋がりませんし、下宿にも帰ってないようで……ですよね、早樹さん」

「え?あ、うん」



敦の隣で遠くを見ていた東野は突然話を振られ、少し慌てたように頷いた。

普通、社の社員が行方不明となれば少しは心配をし、捜索しようとするだろう。
然しながら、行方不明になったのは普段からフラフラと浮浪している太宰だ。
国木田やその場に居た賢治、乱歩は「どうせ川だろ」、「また土中では?」、「また拘置所でしょ」と心配する様子は微塵もない。

それでも敦は矢張り心配なようで、負けずに食い下がる。




「しかし先日の一件もありますし……真逆マフィアに暗殺されたとか……」

「阿呆か。あの男の危機察知能力と生命力は悪夢の域だ。あれだけ自殺未遂を重ねてまだ一度も死んでない奴だぞ。己自身が殺せん奴を、マフィア如きが殺せるものか」

「でも……」

「ほら云ったでしょ」



未だ諦められない敦に、東野が苦笑の笑みを送った。
すると国木田は東野へ目を向ける。




「そもそも早樹。お前、太宰に付けた発信器は如何した」

「……ええ!?」



国木田の言葉に東野ではなく敦が驚いた様子を見せた。
そういえば、敦くんの前では使っている処を見せたことなかったな……そんな事を思いながら、東野は国木田の方を向き直り「ええ」と肯定の意を示す。




「確かに何時でも見つけられるよう、太宰さんには発信器を仕込んでますけど…。発信器の調子が悪いのか、場所が悪いのか、反応が悪くて居場所が突き止められなくて」

「そうか…今まで彼奴相手に発信器を付けられていたことが疑問だったんだ。別に大きな問題にする程でもないだろう」

「まあ、そうですね」

「あ、あの…」
「ボクが調べておくよ」



このままだと話が流されてしまう…敦が咄嗟に口を開こうとした時、聞き覚えのある声がしてその場に居た全員が其方を見た。




「お、潤一郎くんだ。御帰りー」

「谷崎さん!もう大丈夫なんですか?」

「お蔭様で」



其処に居た人物はここ数日姿のなかった谷崎で、東野は彼を笑顔で迎え、敦は彼の復帰に心底安堵した様子を見せた。
国木田も谷崎に視線を向けたまま、やれやれといった風に声を掛ける。



「やっと帰って来たか」

「与謝野女医(せんせい)の治療の賜物です」

「それで…何度解体(や)られた?」




国木田のその質問をした途端、谷崎は身体を硬直させる。かと思えば、頭を抱えたまま其の場にしゃがみ込んでしまった。
思い出したくない光景が彼の頭を駆け巡っているようで、驚く程に真っ青な顔である。




「よ…四回です」

「四回も」

「それはご愁傷様」

「敦君。この探偵社に居る間は怪我だけは絶ッ対しちゃ駄目だよ」

「はあ…」

「マズいと思ったらすぐ逃げる。危機察知能力を日頃から養っておくこと…だね」
 

谷崎の助言に、敦は首を傾げる。
それに言葉を重ねる乱歩は、東野が作ったクッキーを食べながら片手で愛用の懐中時計を開いた。




「たとえば、今から10秒後」

「ふァ〜〜あ」



大きな欠伸がして、敦が振り向く。
其処には、眠そうにするこの探偵社の専属女医の姿があった。




「与謝野女医(せんせい)。おはようございます」

「ああ、敦かい。どっか怪我してない?」

「ええ、大丈夫ですけど」

「ちぇっ」

「……ちぇっ?」



何故僕は舌打ちをされているんだ…。
当然に思う疑問を飲み込む敦を気にも留めないまま、与謝野が周囲を見渡した。




「誰かに買い物付き合って貰おうと思ったけど…アンタしか居ないようだね」

「え!?」




与謝野に言われすぐさま敦も辺りを見渡すが、先程までいた国木田や乱歩、賢治、谷崎、更には隣に居た筈の東野さえ姿を消していた。

社の先輩の素早い行動に、敦は思わず心の声が漏れた。


「危機察知能力って―――これ?」




***





「敦くんには悪い事しちゃったなあ…」




東野はそう独り言を言うと、与謝野に振り回されて荷物持ちをしている敦を想像して、思わず苦笑いした。




「別に、荷物持ちは厭ではないんだけどな」



漏らした言葉は決して嘘ではなかった。
東野が与謝野の荷物持ちをする場合、大抵途中から着せ替え人形大会が始まる…――当然、着せ替え人形役は東野な訳だが。
それが楽しいのかと言われると肯定する訳ではないが、然しながら、首を大きく横に振って拒否する程、与謝野との買い物が厭という訳でもない。


それでも今回だけは、東野には荷物持ちに付き合える気持ち的余裕がなかった。





「一体何処で何をしているんですか……太宰さん」



思わず立ち止まり、そして鞄から取り出したのは黒く少し重たそうな匣…――太宰を捜す為に使う発信器の信号を追うための小型の機械だった。

元々はこの発信器は、ふと聞いた『あの放浪者を何とかしてくれ』と頭を抱える先輩こと国木田の言葉で作り始めたものだった。
別にそれで国木田の役に立ちたいと思った…訳ではなく。
ただ、機械弄りが好きで何か作りたいとぼんやり思っていた時に耳にしたからという単純な理由だった。
そしてふと考える。どうせなら自分の能力…――『電脳遊歩』を使えるような発信器を作ってみよう、と。
然し、その為には1つ問題があった。
それは、取り付ける相手である太宰には、相手の異能力を無効化する能力があることだ。
これでは、東野が発信器の場所を探ろうと異能力を使うと、発信器が太宰に触れている限り能力を無効化してしまう。

だから、考えたのだ。


発信器が太宰の体に触れないようにするには如何したら良いか。





「…もしかして、ループタイの飾りに仕組んだ発信器が何かの拍子に取れちゃって壊れた…とか」




そう、東野が考えたのは普段太宰が身に着ける物で彼が直接触れない箇所に発信器を付ける…というものだった。
彼の能力は其の身に触れないと使えない。
だから、ループタイの飾りの石と枠部分。その間に発信器を入れ込んだのだ。

つまり、太宰の身に着けるループタイは東野が作った手作りだ。
因みに、彼女が完成したループタイを太宰にプレゼントした時、太宰が小躍りしそうな勢いで喜んでいたのはまた別の話である。




「兎に角…ただその辺の川を流れているだけかもしれないし、辺りを捜そう…かな」




独り言ちると、其処で東野は何か気付いたような表情をして直ぐに溜息を吐いた。




「……これじゃあ私、太宰さんの事を心配しているみたいじゃない」





認めない。
……いや、認めたくない。

もう、『特別』は作らないと決めたのだから。




「それに、仮に敦くんが云っていた通り何か太宰さんの身にあっても…私は」



何も出来はしない。

それは大切な人を喪ったあの時に、
厭という位に痛感したから。




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