海底散歩と四拍子

□Murder on D Street
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「敦くん。これ、其処に入れてくれるかな。届かなくて」

「あ、はい。いいですよ」




分厚い書類を渡しながら東野が尋ねると、敦は大きく頷いてそれを受け取り本棚へと戻した。


ポートマフィアの武闘派・黒蜥蜴の襲撃を受けた武装探偵社は、現在、その後片付けに追われており、探偵社員である東野も当然、同じように片付けをしている最中である。
敦に書類を託すと次の書類を手に取ろうとして、其の書類が本来社長に回さなければならない物であることに気付いた。
東野はつい苦笑を浮かべ、其の書類を拾い上げると社長室へと足を向けた。




「社長…っと、今はいないのだった」




社長室に入ってその事実を思い出し、とりあえずと社長の使う机の上に置いて退室することにした。
オフィスに戻ってくると、何か状況が変わったようで東野は少し首を傾げる。




「そうだ、早樹。君も来てよ」

「へ?何の話ですか?」




状況の判らない処へ乱歩に突然の誘いの言葉を受け、東野は疑問を投げた。
すると乱歩は然も当たり前かのように「当然だろう」と鼻を鳴らす。




「事件だよ。全く、この街の警察は僕無しじゃ犯人1人捕らえられないんだからね」

「ええ、流石だと思いますよ。ですけど…」




チラリと東野は辺りを見渡し、状況を把握する。
先程から敦が「僕が探偵助手…?でも、列車の乗り方が判らないってどういうことだ…?」とぶつぶつ呟きながら頭を抱えている…――どうやら、本来探偵助手…というより道案内係というべきか……は敦が請け負ったことが伺えた。




「二人も要らないですよね、案内人」

「早樹は案内係じゃないよ」

「では、なんですか?」

「だって、早樹が居たら偶に面白いこと云ってくれるし」

「そうですか…」



あっけらかんと言う乱歩に、東野は思わず溜息を吐いた。

乱歩は同じような理由で、これまでにも何度か東野を指名して事件へ同行させることがあった。
何でも、東野の事件に対する発言が時々、乱歩にとって意外な発想であるらしく、聞いていて面白い…のだそうだ。
勿論、東野は乱歩を楽しませる為にそういった発言をしている訳ではないのだが、それが更に乱歩が気に入る理由になっているようである。





「早樹さん、あの…」



これは断れそうにないし、出掛ける準備をしようかな…そう思った所で駆け寄ってきた敦に声を掛けられる。
「どうしたの?」と尋ねれば、彼は丁寧に頭を下げた。




「僕、ちゃんと御礼を言ってなかったと思ったんで…その、ありがとうございました」

「…へ?」

「探偵社を出て行こうとした僕を引き留めて下さって。その…本当の処言うと、嬉しかったんです」

「…ああ!」



敦は顔を上げると少しだけ照れ臭そうにはにかむ。
それを見ていると、東野は少しだけ心が暖かくなるのを感じた。




「私は…私がしたいと思った事をしただけだよ。ただ、それだけ」




でも其れを素直に伝えられなくて、照れ隠しのように言えば、それに気付いたのか気付いていないのか、敦はにこりと笑い「はい」とだけ頷いた。




「…でも」

「え?」

「銃声音が聞こえた時に敦くんが探偵社に戻ってきてくれて本当に良かったと思ってるよ……おかえりなさい、敦くん」




東野は其処で、敦の方を向き直るとふわりと優しく微笑んだ。
その笑みがあまりにも綺麗で。
敦は思わず、見惚れてしまった。




「…ん?敦くん、どうしたの?」

「い、いえ!!」

「それじゃあ乱歩さんの道案内役、一緒に頑張りますかね」

「はい!」



敦は高鳴った心臓の音を無視するように大きく頷くと、二人の先輩の後を追った。


…――心臓が高鳴った理由。敦が其れに気付く日は、まだ遠い。




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