海底散歩と四拍子

□運命論者の悲み
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魘されて敦が目を覚ますと、其処に広がるのは白い天井で。
戸惑う敦に「気づいたか」と声を掛けるのは、隣の椅子に座って手帳を捲る国木田の姿だった。

何があったのか、敦は思い返す。
初めての依頼で行った先で、ポートマフィアに襲われたこと。
そして、谷崎兄妹がマフィアの攻撃で倒れたこと。

走馬燈のように記憶を辿った敦は、勢いよく飛び起きて国木田に尋ねた。



「国木田さん!谷崎さんにナオミさんは!?」

「安心しろ、二人は無事だ」

「本当…ですか」

「ああ。谷崎は今、隣で与謝野先生が治療中している」



そう云ったが同時に、聞き覚えのある悲鳴が部屋中に響き渡った――それは間違いなく、谷崎の声で。
明らかに治療中に出さないような絶叫に、当然ともいうべき疑問を敦は投げる。「治療中…ですか?」と。




「……まあ、当然だよね」




東野は敦の疑問符に、独りごちるようにして苦笑いを浮かべた。
敦と国木田の居る医務室の扉の外。
東野は開け放たれた扉の横の壁に凭れ掛かるようにして、二人の会話を聞いていた。

盗み聞きをしようと思っていた…――訳ではなく、只、入ろうと思ったら敦が丁度目覚めたようでそのまま入る機会(タイミング)を失い、現在に至る。




「私のしたい様に…か」



ぽつりと呟いたのは、現在この場にいない太宰が言った言葉で。
東野は壁に凭れたまま、ぼんやりとその時のやり取りを思い出していた。





『それで太宰さん、何処に行く心算ですか』



医務室に運んだ後、何事もなく探偵社を去っていこうとした太宰を東野は呼び止めた。
太宰は振り返ると、にこりと笑う。



『私?私はちょっと出掛けてくるよ』

『……どうせ"うずまき"でしょ』

『流石。早樹は私のことを良く判っているねえ』

『褒めてますか、それ』

『勿論』



軽い調子で答える太宰に、東野は溜息で返した。



『後のことは早樹に任せるよ。きっと、早樹の方がこの場合適任だろうからね』

『…適任?』

『判っているんだろう?此の探偵社の中で一番今の敦君の気持ちを理解出来るのは、自分だろうってこと』

『……』



何も言わず、東野は太宰を睨み付けた。
然し彼女自身は的外れなことを言われて怒っているわけではない。
中っているからこそ、目の前の男が恨めしいのだ。



『……そうですね。きっと、そうなのでしょうね』

『まあ早樹が最終的に決めれば良いよ。早樹のしたい様にすれば良い』



太宰は東野の方に近寄るとゆっくりと彼女の頭を撫でた。
…私、其処まで子供じゃないのだけど。
そうぼやいて東野が太宰を見上げる。
すると、彼は慈愛の籠った目を向け、優しく微笑んだ。






「俺は動揺などしていない!」

「ひっ!?」



突如部屋の中から聞こえた大音声に思わず声を漏らした東野は、こっそりと部屋の中を覗いた。
どうやら手帳が逆さまであると敦が指摘したことで国木田が動揺したようである。
説明がワヤワヤな国木田に、扉の外で東野は笑いを堪えるのに必死だ。




「奴らはきっと来るぞ」

「え……」

「お前が招き入れた事態だ。最悪の状況になるかもしれん。自分で出来る事を考えておけ」



それだけ言うと、国木田は医務室の扉の方まで歩き始めた。
そして扉の前で立ち止ると、「ところで小僧」と振り返る。




「先刻から探しているんだが……俺の眼鏡を知らんか?」






「眼鏡は彼方の頭の上ですよ…国木田さん」



医務室の扉がバタンと閉じたと同時に、東野は笑みを堪えたままの表情で国木田にそう教えた。
因みに敦はというと、あの状況で先輩社員である国木田に真実を教える勇気は流石になかったようである。

国木田は東野の方を向くと、今まで気付かなかったと言わんばかりの表情で彼女を見た。




「早樹。お前、居たのか」

「ええ、始めから居ましたよ。それより眼鏡、国木田さんの頭に乗ってますよ」

「何、本当か」



東野の指摘に、国木田は急いで頭に乗った眼鏡を探し始めた。
直ぐにお目当ての物を見つけられたようで、国木田は彼女に礼を言うと漸く本来の位置に眼鏡を動かす。




「本当に、真面目なんですよね。国木田さん」

「な、なんだ藪から棒に」




国木田がどんな心算で敦に『自分で出来る事を』なんて言ったのかなんて、1年半近く彼を見てきた東野にとって簡単に想像出来る話だ。
しかし、彼は……敦は違う。
此の武装探偵社に入ってまだ1か月も全然経たない彼が、その言葉の本当の意図を理解するのは易くない。
そう…どれだけ此の武装探偵社が強いのかを。
そして、どれだけ此の探偵社が入った人間(ひと)を見捨てないかを。




「とりあえず国木田さん。先程の云い方では敦くん、誤解していると思いますよ」

「ん?それはどういう意味…あ、おい」




東野は国木田に深い説明をしないまま、医務室の扉を開き中へと入っていった。
残された国木田といえば、「どういう意味だ?」ともう一度呟き、首を傾げるのであった。





「敦くん、調子はどう?」

「早樹…さん」



扉を潜り東野がまず目に入ったのは、深刻そうに悩む敦の姿だった。
国木田とのやり取りを見ていたが敢えてそこには触れず、東野は彼にふわりと微笑みかける。




「大変だったね、初仕事なのに」

「いえ…そもそも僕の所為、なんで」

「敦くんの所為…ねえ」



俯いて独白するように話す敦に、東野は小さく肩を竦めた。

太宰は言った。
此の探偵社の中で一番、今の敦君の気持ちを理解出来るのは、東野だろう。と。
然しながら、早樹は彼の凡てを知っている訳ではない。だからこそ、彼の感情を凡て理解出来る訳ではない。

それでも、東野には目の前にいる彼の気持ちが何となく理解出来てしまう。
何故なら、それは――…。





「…ねえ、敦く」



名前を呼び終える前に、大きな衝撃音が探偵社の建築物(ビルヂング)を襲った。
東野と敦は一瞬顔を見合わせると、二人で近くの窓まで近寄りその原因を探る。



「爆発…?」

「敦くん、ほら早く着替えて」

「……え?」



敦が東野の方を向くと、いつの間にか彼女は医務室の前に立っていて、敦を見ると小首を傾げる。




「気になるんでしょ。気になるなら、行って確かめた方が早いよ」

「は、はい…!」




東野の言葉に大きく頷くと、敦は出かける為に探偵社の社員がプレゼントしてくれた服を手に、急いで着替えることにした。



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