海底散歩と四拍子

□ヨコハマ ギヤングスタア パラダヰス
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乱歩から助言を貰い社長から授かった任務は、と或る会社での電網破り(ハッキング)騒動だった。
情報を盗まれているようで犯人を特定してほしいとのことで、探偵社に依頼が来たのだ。
会社…といっても裏があるような怪しそうな企業で、だからこそ探偵社に依頼が来たのだろう。


…ということで、面倒な事に巻き込まれないようにと早々に電網潜り(ハッカー)探しを完了させた東野は探偵社がある建築物(ビルヂング)前まで戻ってきた。
思った以上に早く終わってしまったようで、一度時間を確認すると少し困った様子を見せる。




「……まだ、入社試験やってるかな」




現在、4階の探偵社では虎の少年こと中島敦が入社試験を行っているはずだ。
今戻ってしまえば面倒になる。

暫く悩んだが結局、東野は1階の喫茶"うずまき"で時間を潰す事にしたのだった。






「……早樹、こんな所で何している」



"うずまき"にて。
東野が珈琲を飲みながら、自前の薄型端末(ラップトップ)で報告書を作成していると扉の方で声が聞こえてきた。
聞き覚えのあるその生真面目な声で其方を向けば、眼鏡が光る先輩の姿があった。




「あれ、国木田さんだ。どうしたんですか、試験は?」

「それは此方の台詞だ。依頼はどうした」

「滞りなく、素早く、終わらせました」

「流石ですね、早樹さん」



新たに聞こえた声で顔を覗かせば、国木田の後ろには、太宰や谷崎兄妹、そして入社試験をしていたはずの敦の姿が見えた。
敦は東野の姿に気付いたのか、少し驚いたように彼女を見た。




「あれ…貴方は確か…」

「こんにちは敦くん。試験お疲れ様、そして合格おめでとう」

「え?も、もう広まってるんですか?」

「ううん、皆で来たから合格したんだろうなって思って。それに」



其処で一度止めると東野は口元に人差し指を当ててふわりと微笑んでみせる。



「敦くんなら合格するって思ってたからね」

「あ、ありがとう…ございます、東野さん」

「あ、早樹でいいよ。私、苗字で呼ばれるのあまり好きじゃなくて。探偵社の皆にも名前で呼んでもらってるから」

「わ、分かりました……早樹、さん」



敦が戸惑ったようにそう言えば、東野はにこりと笑って頷くのだった。





***



武装探偵社員 谷崎潤一郎の謝罪。



「す、す……すンませんでしたッ!」
 



目の前で勢い良く手を机に付いて謝る谷崎に、敦は思わず呆気に取られてしまった。
試験での無礼を重ねて謝った後、続けて自己紹介をする谷崎に、敦は意外と良い人だと安堵する。



「そンでこっちが」
「妹のナオミですわ」



其処で隣にいたナオミが谷崎に首に手を回すようにして抱き着いた。
其の様子とあまりに容姿の似ていない兄妹に、敦は疑問符を投げる。本当に2人は兄妹なのか⋯と。




「あら、お疑い?勿論血の繋がった実の兄妹ですわ。特に、此の肌なんてホントそっくり……ねえ、兄様?」

「いや……でも」

「こいつらに関しては深く追求するな」

「あ……はい」



敦は空気を読むことにした。




「兎も角だ小僧、今日からは武装探偵社が一隅。故に周りに迷惑を振り撒き、社の看板を汚す真似をするな。俺も他の皆もそのことを徹底している」




なあ太宰、と国木田がカウンターにいる彼の方を向けば、
「か弱く華奢なこの指で私の頸を絞めてくれないだろうか」
と、太宰は給仕の女性の手を握っているところだった。
直ぐ様に国木田は太宰の元まで寄ると、思いっきり其の頭を叩いた。
そしてそのまま国木田は悪口雑言を並べながら、太宰の首を絞め始める。




「……どっちが社の看板を汚してるのやら」




そんな様子をやれやれといった感じで、同じくカウンター席で珈琲を飲んでいた東野が溜息を吐いた。
そして敦の方を向くと、苦笑いを浮かべてみせる。



「まあ先輩がこんな感じだし、気負う程のことじゃないってことだよ」

「は、はあ……」



そんなものなのだろうか…。
つい東野につられて溜息を零した敦は、何か思い出したように「そういえば…」と、探偵社の先輩たちに尋ねる。




「皆さんは探偵社に入る前は何をしてたんですか?」

「「ああ!?」」



首を絞めていた国木田は兎も角、絞められていた太宰までが反応し、敦は尻込みしたように「特に意味はないんですけど…」と取り繕うように笑った。




「中ててごらん」

「え?」

「何ね、定番の遊戯(ゲーム)なのだよ。新入りは先輩の前の職業を中てるのさ。まあ、探偵修行の一貫でもある」




太宰の言葉に、敦はうーんと悩む様子を見せた。
その様子をちらりと見てから、東野は空気になろうとするかのように静かに珈琲を飲む。




「じゃあ、早樹は?」

「…っぐ!」




どうやら空気になる作戦は駄目だったようだ。
国木田の職業中てを終えて次にと話題に触れてきた太宰を東野はじとりと睨んだ。
しかし太宰は気にする様子もなく、笑みで返されてしまう。




「早樹さんですか……えっと…」



敦は悩む。
東野とは殆ど関わっていない。
僅か過ぎる情報量で、雰囲気で敦は答えることにした。




「科学者……とか?」

「……1つ目はほぼ正解、になるのかな」

「1つ目?」



前職に1つ目があるのか?と敦が首を傾げていると、代わりに太宰が説明をする。




「早樹はね、色々職を掛け持ちしていたのだよ。その1つが技術者(エンジニア)だ」

「え、掛け持ちをしてたんですか」

「といっても後のは道楽ぐらいの感じで、あまり熱を入れていたという訳でもないけど」

「は、はあ…」

「敦君、中てられるかい?」



太宰が回答を促せば、再び東野は彼を睨みつけた…――それは先程よりも強い視線で。
それを見て一瞬敦はたじろいだが、直ぐに前職を考え始める。




「学生さん……とか」

「……敦くん」

「は、はい…」

「中ってるといえば中ってるけど、何となく勘違いされてそうだから補足しておくね。私、成人してるからね」

「え!?」

「……矢張りね」




敦が驚いたのを見て、東野は大きく項垂れた。
確かに見た目からでは年齢が不詳で敬語を使っていたとはいえ、成人しているとは思わなかったのだろう。
東野自身もよく間違われるようで、厭な予感はしていた。
はあ、と溜息を吐けば、敦はごめんなさいと頭を下げた。




「いいよ……で、まあ、大學で学生はしていたから、正解かな」

「そうなんですか…」

「それであと1つ、だね」

「……太宰さん」




もう自分で止めるしかないと思ったのか、東野が太宰に待ったを掛ける。
太宰は「なんだい?」と尋ねれば、東野は溜息を吐いた。




「あれは……手伝いみたいなもので、前職と云える程のものではないですよ」

「そんなことはないと思うけどなあ」



太宰は納得してないといった風に返す傍らで、敦は既に東野の最後の前職を考えていた。
然し、思い付かない。
雰囲気で思い付く職業は既に中ててしまったからだ。

その様子に気付いたのか、東野が苦笑する。




「敦くん、多分中てるのは無理だろうから諦めて良いよ。後輩は皆、中てられてないからね」

「でも2つ中てただけで凄いよ、ボクなんか中てることすら出来なかったンだから」

「え、じゃあ谷崎さんも最後の1つは知らないんですか?」

「まあね」



谷崎は申し訳ないと云った風に笑って返す。
どうやら東野も答えを教える心算はないようだ。



「じゃあ私は?」

「太宰さん?」

「そう、私」




にこりと笑う太宰を見て、敦は今度は彼の前職を思考する。
しかし、東野以上に想像が付かない。
必死で考える敦に、国木田は「無駄だ小僧」と言って眼鏡を押し上げた。




「武装探偵社七不思議の1つなんだ、此奴の前職は」

「……その前に『武装』と名の付く探偵社に七不思議なんてあっていいのか疑問ですけど」

「……確かに」

「あ、はは…でも確か、最初に中てた人に賞金が出るンですよね」

「賞金!!」




『賞金』と聞いた途端、敦の目の色が確かに変わった。
太宰によると、その賞金額は70万だという。
……―現在無一文の少年の目が、轟轟と燃えるには十分な額だ。




「作家!」

「外れ」

「勤め人(サラリーマン)」

「外れ」

「研究職」

「違ーう」

「弁護士」

「ノー!」

「新聞記者とか!」

「ノー」

「大工さんだ!」

「違いまーす」

「占い師」

「ちがーう」

「飛行士(パイロット)」

「外れ」

「通訳」

「ノンノン」

「板前さん!」

「ブー!」

「神主」

「外れー」

「役者」

「ちがーう……けど、ウフフ、役者は照れるねえ」



只デタラメに職業を言っていく敦に、谷崎兄妹は圧倒され、太宰の隣で見ていた東野は苦笑いを浮かべた。
1人国木田だけは、落ち着いた様子で珈琲を手に取る。




「どうせ何もせずにフラフラしていただけなのだろう」

「違うよ…――この件で私は嘘は付かない」

「……へー」




小さく漏れた声を飲み干すように珈琲を飲んだ東野は、ちらりと隣で椅子に反対向き座る太宰を横目で見た。
すると彼も東野を同じように見ていたようで、目線が合った。
其れが気まずく東野が視線を逸らすと、太宰はフッと微笑して敦の方に向き直る。




「降参かな、敦君」

「え」

「じゃ、此処の払いは宜しくね」

「ええー…」

「……無一文の少年に非道ですね、太宰さん」

「そんなことないよ、だって持ち合わせなければツケが利くし」

「それで貴方は何ヶ月分此処でツケ払いにしてるんですか、お店の人だって…――」



東野がそう言いかけた時、谷崎の電話の音が鳴った。
そして一頻り話をして電話を切ると、依頼人が事務所に来ていると伝える。
其れを聞くと探偵社社員は立ち上がった…――東野を除く、だが。



「……おい早樹」

「……だって私、まだ報告書出来てないですし。その前にまだ私、休憩も取ってないです」

「……はあ」



冷静に言い返せば、冷たい目で見ていた国木田は溜息で返す。
東野は普段優秀に仕事を熟し、基本的に態度も実直な方である為、こう正論で返された時には強く反対出来ないのだ。




「……判った。報告書仕上げて休憩終えたら探偵社に戻ってこい。為るべく、早急にな」

「了解です」




国木田の許しに東野はにこりと笑顔で返す。
そして、探偵社へ戻る社員たちを手を振って見送った。



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