海底散歩と四拍子

□有頂天探偵社
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敦と賢治は東野に気付いていなかったようで、声を掛けられて初めて敦が「あっ」と声を上げた。




「早樹さん!今朝は探偵社に来ていませんでしたが、何かあったのですか?」

「…あ、はは。その…歩く度に人助けに巻き込まれてしまって」

「そうだったんですか!其れは大変でしたね」

「あ、うん。ありがとう、敦くん」




東野が御礼を言うと、敦は「いえ…」と控えめに笑みを浮かべた。
敦は自身が電車で襲撃に遭ってから芥川との対決迄の間、東野が何をしていたのかを知らない。
然し、その行動に疑問を持つこともなく彼女に笑みを向ける。
東野は其れが少し、申し訳なく思って。
彼の純粋な笑みに、苦笑で返した。
その二人のやり取りを賢治は只、にこにこと笑って眺めている。




「で、二人揃って如何かしたの?」

「其れが…」




チラリと敦が賢治の方を見てから、事のあらましを話し始めた。
その話によると、市警より依頼が有ったらしく、他の社員に附いて仕事を覚えろという国木田の指示で敦達は近くで起きた事件の情報を蒐集(あつ)めていたのだそうだ。




「…えっと因みに、国木田さんは賢治くんと調査に来ていることは知ってる?」

「いえ?僕達が出る前に国木田さん、何処かへ出掛けてしまったので」

「…成程」




それはそうだろう。若し、其の場に国木田さんが居たら止めていたに違いないだろうね。
東野は此の現状を知った時の生真面目な先輩の焦った顔を想像して、思わず苦笑を零した。




「それで、これか二人は如何する心算なの?」

「今から工場区の裏通りの互助青年会の寄合所へ行くんです。爆弾を作った犯人か聞きに」

「へー…」



賢治の話にうんと顎に手を当てて考え事をしたかと思うと、東野は敦の方を見て彼の名を呼ぶ。




「私も一緒に行くよ。構わないでしょ?」

「はい!早樹さんも居るなら心強いです!」



思わず洩れてしまっている本音に東野は笑みで返す。
賢治も拒否する様子もなかったので、3人は早速、工場区まで向かった。



****



「皆さんが爆弾を造って車を高跳び(ハイジャンプ)させたんですか?」




面子切る互助青年会…――賢治曰く都会風に云う『ギャング』である…――に賢治は物怖じする様子もなく尋ねた。
因みに賢治の少し後ろで東野は、欠伸をしながら彼らを見守っている。




「くそ面白え。貴様ら警察か?」

「いえいえ、街のしがない探偵屋さんですよ」

「まあ、武装探偵社とも云いますがね」



其処で賢治は何か気付いたように、ギャングの一人が身に着けていた鎖を触って「牛を牽引する時の為に持ち歩いているんですね?」と尋ねれば、当然ギャングは「触んな」と機嫌を悪くする訳で。




「何が狙いだ」

「いやあ、皆さんが犯人かどうか教えてもらいたいんですよ」

「……くくっ、そんな話は知らねえ」

「そうですか!それは失礼しました」



賢治の一言にずっと彼の後ろで怯えて震えていた敦は勿論、ギャング達ですら唖然とした。
只、東野だけは何時もの事だと云わぬばかりに呆れ果てたように苦笑を浮かべる。

かと思うと、賢治はそんな周りの空気を気にする様子もないまま「有難う御座いました」とお辞儀をすると、さっさと出て行ってしまった。
残された者達は矢張り、唖然としたままその背を見送るだけで。




「あー…御協力有難う御座いました。また、お願いしますね。さあ敦くん、何時まで其処で縮こまってるの。行くよ」

「え、あ…」




東野は早々とそう告げると未だに呆気に取られたままの敦の腕の掴み、賢治の後を追うようにギャング達の事務所を後にした。





「ちょ、ちょっと賢治くん!?どう考えても嘘でしょ!あいつらが犯人だよ!例えば敵対組織を攻撃するために爆弾で始末したとか…」




事務所を離れて直ぐに、敦は賢治を呼び止めると必死で抗議した。
然し乍ら、賢治といえば不思議そうに首を傾ける。




「でも知らないって云ってましたよ?」

「確かに云ってたけども…ね、ねえ早樹さんも何か云って下さいよ!」

「…ん?嗚呼、まあ、そうだねえ…」



話を振られた東野は、まるで心ここにあらずと云った風に曖昧に返事をした。
何か考えているかのような素振りに敦が戸惑っていると、賢治は手を当てながら「素直に気持ちを話せば通じ合えるものです。僕はこの遣り方で失敗したことがありません」と私見を平静した様子で語る。

ここで若し、『そんな事あるか』と否定する人がいたら良かったのだろう。
然しながら、其れが出来る唯一の人物である東野は上の空のままで。
結果、純粋で疑う事を覚えない敦は「それもそうだね!」と酷く納得してしまった。



「一度戻りましょうか」

「そうだね。早樹さん、行きましょう」

「……え?あ、うん」




敦に声を掛けられ、慌てて頷いた東野は彼らに並ぶとともに歩き始める。
…と、何処からともなく元気に腹の虫が鳴る音がして、東野がその音の方を向けば賢治が照れ笑いを浮かべて二人の方を見た。




「帰りに牛丼屋さんに寄りましょう。お腹減っちゃいました」

「賢治君、牛飼っているのに食べられるの?」

「牛は大好きですよ。買うのも触れ合うのも食べるのも」




その時、彼らの周りを囲う様に車が数台止まった。其処から現れたのは先程のギャング達で、中には賢治が聞き込みした男達も混じっている。
ギャング達は鄙劣な笑みを浮かべながら、敵対組織を殺す為に爆弾を使った事を市警に話す気かと脅嚇した。
然し。




「そうでしたか!本当のことを正直に話すためにご足労頂くなんて……嬉しいです」



は?
純朴過ぎる賢治の発言に、ギャング達は呆れ返り、敦はギョッとした顔で彼を見つめた。



「矢張り正直に話すと解り合えますね!僕の担当した事件では、皆さんそうやって素直に告白して頂けるんですよ!」

「そうなんだ!」

「…いやいや」



東野が納得している敦に思わず頭を抱えた時。

ギャングの一人が金属バッドで賢治の頭部を勢いよく殴った。
賢治は殴られた勢いで、道端に倒れ込む。それを殴った男が、「先ず一人」と卑しく笑う。

拙い…。
敦は其処で漸く我に返ると、慌ててもう一人の先輩の方を向く。然し彼の緊張感とはまるで裏腹に、隣に立つ先輩は欠伸を一つ零した。




「早樹さん!このままじゃ…!」

「ん?何が?」

「何がじゃないですよ!?」

「やっちまえ!」

「いやだって…」

「あいたた…」




能天気な声に東野を除く全員が「え!?」と目が点になった。
声の主である賢治は確かに金属バッドで殴られていた筈だ。だというのにまるで子供に思いっきり頭を叩かれたかのように、物ともしない風に頭を擦っている。かと思うと、車を投げ、標識を引っこ抜き其れを振り回して、ギャング達をあっさりと退治してしまった。
塔のように積み重なったギャング達を見ながら、「相変わらず凄いねえ」と笑うと東野は彼らの前で座り込む。





「あ、因みに彼方たちの演算機(パソコン)に電網破り(ハッキング)した時に爆弾の設計図面の情報(データ)を見つけたから、もう逃げ場はないからね」



そう言って、東野はにこりと笑顔でギャング達に止めを刺した。
実はギャング達の根城で賢治が話を聞いている時、少し後ろにいた東野は近くにあった差込口から異能力を使って電網破り(ハッキング)をしていたのだった。
根城を出てからも異能力を発動したままだった為、二人のやり取りをあまり聞いていなかったのだ。


そんな二人を見て、敦は思う。




「国木田さん僕には無理ですあんな遣りか…――」
「落ち着けド阿呆!!」




場所は変わって、と或る牛丼屋の前。
敦は牛丼を食べる賢治を少し一瞥してから外に出て国木田に電話を掛けた。
電話越しで喝破した国木田は、何処か安堵したように息を吐く。




「自分で気付いた事は褒めてやる。賢治は怪力の異能力者だ。とはいえ万能ではない。空腹の時しかあの異能力は発現せん」

「え?じゃあ満腹になったら…」

「寝ちゃうんだよねー困ったことに。而も一度寝ると寝起きが最悪に悪い」

「早樹さん!」



敦が振り返ると、東野は苦笑を浮かべて立っていた。
賢治が寝たので様子を見に来たのだ。
「早樹」という名に、電話越しで国木田がピクリと反応した。




「……おい敦。其処に早樹が居るのか」

「あ、はい。偶々聞き込みの最中に逢いまして」

「…換われ」



拒否を許さない口調で言われた敦は怖々と東野に「国木田さんが…」と、自身の携帯を差し出した。
東野は、ついに来たか…と言わんばかりに溜息を吐き、態とらしい位の明るい声を出す。




「…はーい国木田さん、数日ぶりで…――」
「お前は今まで何をしていたんだ!!」



国木田の大声に耳がキーンとなって、東野は思わず携帯を離す。
まあ…そうですよね。
思わず其の場に居ない相手に苦笑いを返す。




「今日大変だったんですよ、先ず家を出て直ぐに子どもがですね…――」
「別に今日の話をしろと云ってるんじゃない!電話をしても繋がらない、メールも返事は返ってこない」

「…は、はは」

「……心配したんだぞ。いつも行方不明になる太宰とお前は違う。何かあったのではないかと」

「……」



国木田の静かな言葉に、東野は思わず小さく目を見開き声が出なかった。
…心配、だなんて。




「……大袈裟、ですよ」

「何?」

「…いえ。ご迷惑をお掛けしました、敦くん達と探偵社に戻ります」

「判った。早く戻ってこい」

「了解です」



一つ頷くと東野は終話釦を押し、携帯を敦に返した。
受け取った敦は何か言い掛けて、でも何といえば良いのか判らなくて。結局、口を噤んだ。
そんな様子に首を傾けてから、東野は柔らかく微笑む。



「そうだ。敦くん、まだ牛丼食べてないでしょ。今日は私が奢ってあげるし、食べたら如何?」

「え?でも…いいんですか?」

「いいよ、先輩だからね。それに…」

「…それに?何ですか?」

「何でもないよ。ほら、早く中入るよ」

「あ、ま、待って下さい!」



そう言って東野は先に店内へと入ってしまう。慌てて敦は彼女の後を追った。




「……成長した後輩に、ちょっとは先輩らしいことしたいからね」



東野の呟きは敦に届くこともなく、風の中へと静かに消えていった。



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