海底散歩と四拍子

□在りし日の…
3ページ/4ページ




中也が去り、残ったのは太宰と東野のみで。
其処で漸く我に返った東野は、事の状況を理解し少し顔を赤らめた。




「わ、私は…」

「早樹」



勢い良く顔を上げれば、太宰と目が合う。
その眼は完全に、笑ってはいなかった。
普段は本心が読めない太宰が、確実だと判断出来るくらい怒っている。
東野には其れだけで内心焦るのに十分だった。




「いや、あれはですね全く行動が読めなかったといいますか…」

「早樹」

「は、はい」

「以前話したと思うけど、私は意外と嫉妬深いのだよ」

「はい…」




拙い。
非常に、拙い。
このままでは、確実に。
じわじわと焦りを背中に感じる東野は、必死に考える。
そしてふと過ぎった案を考察する余裕もないまま、すぐ様に行動に起こした。





「……でも、彼方が悪いんじゃないですか」

「…私?」

「だって、何の連絡も無しに行方不明になっておいて…捜そうとしても手掛かり残してくれないし……私、必死に捜したんですよ…」



そこまで言うと、東野は自身の両手で顔を埋めた…――それは周囲から見れば泣いているようで。
東野は普段泣いている姿を見せたりはしない。それは太宰に対しても同様で。

だから太宰は思わず、東野の姿に動揺し目を丸くさせた。




「手掛かりと云ってもだねえ、私は囚われていた訳だし…」

「彼方ともあろう人が手掛かりを残せないなんてこと、あるわけないです……態と、残さなかったんだって位、判りますよ」

「……済まなかったよ」



太宰の謝罪に、両手で顔を隠したまま東野は密かにほくそ笑んだ。
…そう、実際には東野は泣いてはいなかった。
只、こうして泣いた風にすれば誤魔化せると思ったのだ。

……涙は女の武器っていうものね。

東野は顔を隠し続けたまま、演技を続ける。
顔を見えないと意外と思った事がポンポンと口に出てくるようで、思うまま口にした。




「いつもそう。"期待してる"とか"信じてる"って云う癖に、大切な処では私を其処に含めてはくれないじゃない」

「それはだね…」
「私だって、太宰さんの役に立てたらとか思ったのに…確かに、出来る事は少ないかもしれないけど」



不思議だ。
顔を隠していると、どんどん感情が溢れ出てくる。
これは……拙いかもしれない。




「私は…私は、時々怖くなる。太宰さん、フッと去なくなるんじゃないかって……お姉ちゃんの時みたいに。そんな時、私は如何したらいいんだろうって。もう喪いたくないのに、何も出来ないのなんて…厭だよ」




演技で泣いている時のような口調にしていた筈なのに、何時の間にか自然と歯切れの悪い話し方になっていた。
それなのに、言葉は止まる様子はない。

…――否。歯止めなんて、疾うの昔に効かなくなっていた。




「お姉ちゃんが居ないこの世界に意味なんて無かったのに…彼方が」



漸く東野は、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は涙で静かに潤んでいた。





「……太宰さんが、私を引き止めたんじゃない。それなのに、太宰さんは……っ」




続く言葉は、太宰の抱擁によって掻き消えた。
確かに包まれるその温もりに、東野の頬から涙が伝った。




「……今回の事、本当に済まなかったと思ってる。然し、私は早樹が大切で仕方ないのだよ。大切な人を危険な事には巻き込みたくはない。……判るかい?」

「……判る、けど判りたくない」

「正直で良いねえ」



抱き締められ表情は見えないが、太宰が笑ったのが肩の動きで東野には何となく判った。




「…きっと君は、近い内に大きな渦中に巻き込まれる。だからせめて、其れまでは私が……」

「太宰……さん?」

「……いや」


深く尋ねたいのに、彼を纏う雰囲気がそうさせてくれなくて。
東野は只、太宰の言葉を待つように押し黙った。




「ねえ、早樹」




沈黙が続いたこの場に漸く、太宰の声がした。
同時に腕の力も緩まり、東野は少しだけ身体を離し太宰を見上げる。
太宰は東野と視線を交わらせると、まるで愛おしいものでも見るように目を細めた。




「君は今回必死になって私を捜し出してくれた…――少しはあの時の返事、期待しても良いということかな」

「……うっ」




太宰の問いに、東野は言葉を詰まらせる。
かと思うと、太宰からスッと目を逸らした。




「……ど、如何でしょうね。兎に角、今は彼方との心中だけは考えていませんから」

「…ふふっ」

「な、何ですか…」



突然笑い出したことに、東野は視線だけを彼に移す。
太宰は手を口元に当てたまま、楽しそうに彼女を見つめ返した。




「いや、涙目の君も可愛いなって思っただけだよ」

「……っ」




そういえばまだ泣いた時のままだった…。
東野は慌てて太宰から離れると、彼から背けるように後ろを向く。そして、ごしごしと涙を拭くように目を擦りながら尋ねた。




「そ、それで、『本当の目的地』ってのは何処なのですか?」

「おや、流石だねえ。可愛い早樹は、私の目的に気付いていたとは」

「その、可愛いは止めて下さい…」




呆れたような、或いは照れたように呟く東野は、気付かなかった。

…――背後で太宰が、意地の悪い笑みを浮かべて彼女を眺めていたことに。



****



「いやー懐かしいねえ。昔、私も此処で記録を探したりしたのだよ」





太宰に連れられてやって来た所は、通信保管所と呼ばれる部屋一帯に機械が溢れた場所だった。
何故か楽しそうで元気よく歩き回る太宰に比べ、何故か彼と手を繋いでいる東野は何処か疲れたよう様子で肩を落としている。




「ん?如何かしたのかい、早樹?」

「…もう私、今度から太宰さんの事探すの止めようかな」

「……何か云ったかい?」

「此処が目的地なら例の情報も此処にあるってことですよね、治さん!」



太宰の言葉に弾かれたように顔を上げてそう尋ねれば、太宰はクスリと口元に手を当てて笑い、そうだよ、と答える。




「此処なら、敦君に70億という賞金を懸けた御大尽が判るはずだ」

「そして見事に保管方法は電子情報……と」



辺りを見渡しながら呟くようにそう言って繋いでいた手を離すと、腕を捲り乍ら沢山ある機械の中心となる電算筐体(コンピューター)の端子を捜し始めた。
その背後で、太宰はやはり楽しそうに彼女の動きを眺める。




「おや、やる気だねえ」

「まあ、可愛い後輩が狙った犯人がどんな人物か気になりますし」

「可愛い…?」

「別に、それ以上の感情は在りませんから!」



太宰の声が一瞬冷たい物になったのを即座に感じ取った東野は、少しだけ取り乱したように語調を強めた。
そして、端子部に触れると小さく息を吐き、想像(イメージ)した。




「異能力」


"電脳遊歩"
そう呟くと、東野はあっという間に電算筐体(コンピューター)の世界へと入り込んだ。
こうなれば、もうどんな情報でも彼女の思うがままだ。
まるで手足を動かすかのように、東野は欲しい情報を探り始める。
画面(ディスプレイ)には東野が情報(データ)を引き出す様子が、何にも触れていないというのに自動で動いているかのように、映し出されていた。
太宰は腕組みしたまま、その様子を眺める。




「…――却説(さて)、70億も支払って虎を買おうとしたのは、何処の誰かな」

「……あ、治さん。これ」



ふと、東野が何か見つけたようで気になる情報を画面上に表示させた。
一通り其を見ると、太宰は驚いたように目を見開いた。




「此奴等は…――」




この時初めて2人は気付いた…――此れはまだ、幕開けの序章に過ぎない事に。



NEXT… ⇒あとがき
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ