海底散歩と四拍子

□人を殺して死ねよとて
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「……流れてないなあ」




元々期待していなかったかのような声で東野はそう呟いた。
川を沿って歩いていたのは当然、音信不通の太宰が流れているのではと淡い期待で探していたわけだが、
暫く歩いてみても某一族で出てきそうな両足どころか人っ子一人流れている様子はない。




「……いや、人が流れていること自体は、普通じゃないのか」





どうにも太宰さんの入水自殺に慣れ過ぎてしまっているな。
自分の心境の変化に、東野は思わず苦笑いした。



「お姉ちゃん以外の人間(ひと)に興味なんて、無かった筈なんだけどな…」





早くに両親を亡くした東野にとって、姉だけが心の支えだった。
姉さえいれば、それでいい。
東野の世界は姉だけだった。

然し。

そんな姉を…大切な人を喪い、
東野の世界は空っぽになった。

…筈だった。



「もう、太宰さんを見つけたら一言文句云ってやらないと気が済まないかも」



だって。



「……ん?」




丁度背後で何か音がした気がして、東野は咄嗟に振り返った。
然し、大きな変化はない。
遠くの方で列車が鉄橋を渡っているくらいだろうか。
東野は首を傾げると、気の所為かと思い直し再び歩き始める。

だが直ぐに持っていた鞄が微かに震え始め、彼女は動きを止めた。




「今度は何?」



あまりにものタイミングの良さに、ついぼやき乍ら東野は鞄の中から携帯を取り出した。
画面に映る其の名前に、東野は疑問を抱きつつも通話釦を押す。




「はい」

「早樹、今何処にいるンだい?」

「今?……川、ですかね?」



唐突な質問に、東野はぼんやりとした答えで返す。
すると電話の向こうで「なら丁度いいかもしれないねェ」と呟く声がした。




「如何したのですか、与謝野女医(せんせい)。敦くんと買い物では?」

「そうだったンだが途中で面倒なことに巻き込まれてねェ。敦が川に落ちた」

「……入水自殺ですか?」

「……」

「…ごめんなさい、少し取り乱してしまったようです」




そのようだねェ…とかなり呆れたように溜息を吐く与謝野に、東野は申し訳なさそうにもう一度だけ、すみませんと謝った。




「それで面倒なことって、何があったのですか」

「簡単に云えば、買い物帰りに乗った電車でポートマフィアに襲われたって処だ」




更に詳しく聞くと、与謝野は敦と途中別行動を取っていたそうだ。
そして鉄橋を列車が通る頃、列車のすぐ傍で爆発音がして列車の窓から外を見れば、敦が列車から飛び出して川へと落ちていったのだと云う。





「列車が、鉄橋を…通る時に、爆発…」

「どうしたンだい?」

「…もしかしたらすぐに見つけられるかもしれません」

「本当かい?」

「はい。取り敢えず、見つけたら引き上げたら良いって事ですね」

「ああ、頼んだよ。妾(わたし)も列車が駅に着き次第向かう」

「了解です」



東野は電話の終話釦を押すと、一度息を吐いた。そして顔を上げれば、先程まで列車が走っていた鉄橋が目に映る。

もし、あの音が爆発音だとしたら…意外と彼は近くに居るかもしれない。




「敦くん。一体、君に何があったの…?」



そうポツリと呟くと、東野は踵を返し元来た道を歩き出した。




****



目的の人物は、案外簡単に見つかった。
どうやらそれほど遠くには流されていなかったようで、鉄橋の比較的近くに彼はいた。
どうやら居るのは彼だけではないようで、息を整える彼の傍にはもう1人いるのが見えた。

その姿に安堵しつつ東野が2人の元へ近付こうとした時、ふらりと男の方が倒れた。




「敦くん!!」



思わず東野は慌てて駆け寄り、敦の様子を確認した。どうやら彼は力尽きただけで、何処か安心したように寝息を立てている。
取り敢えず生きていたことにホッとした東野は其処で、彼女を見つめているもう1人の存在と目が合った。
其の人物は自分よりも年下だろう女の子だということ、
そして彼女が敦と同じようにびしょ濡れだということに東野は気付いた。




「貴女、大丈夫?怪我はしていない?」

「……」



東野の問いに女の子は無言のままこくりと頷く。
其の反応に柔らかい笑みで「それなら良かった」と返し、そして思った。

一体、この子は何者なのだろう。と。


まず、まだ幼い容姿であるにも関わらずその雰囲気は年頃のそれとは明らかに違っていた。

何より、敦の身体は傷だらけで至る処に血が滲んでいる。そんな彼が倒れているこの状況を、目の前の女の子は落ち着いた様子で見ていた…――それは、冷静過ぎる位に。
はっきりとした年齢が判らないとはいえ、確実に15歳はいっていないだろう年齢の女の子が取り乱す様子もないのは、あまりにも不自然だ。


其処で、東野は思考する。
与謝野からの電話で、彼女は確かポートマフィアに襲われたと云っていなかったか?
ならば、もしかして。





「貴女は、ポートマフィアの刺客…なのね」

「……」



女の子は黙ったままだったが、その瞳は明らかに肯定の意を示していた。
刺客であった彼女を敦は何故、助けたのだろう。普通に考えれば、攻撃してきた相手を助けようなんて思わないのに。
東野は理由を少し考えて、辿り着いた結論に薄く笑みを浮かべた。





「ねえ、貴女…名前は?」

「私は…鏡花」

「鏡花ちゃんね。私は、早樹。これから救援を呼ぶから敦くん…ああ、その少年をお願いね」

「……なんで?」

「へ?」



鏡花の独り言のような問いかけに東野が小首を傾げていると、顔を上げた鏡花と目が合う。
少女の人形のように感情が見えない瞳には確かに、疑問の色が表れていた。




「彼もそして貴女も、何故私を助けてくれるの?」

「……不思議だよね。何でだろう」

「え…?」



今度は鏡花が首を傾ける番で、東野は小さく微笑みながら敦に自身の外衣を掛けてあげると、ゆっくりと立ち上がった。




「私は只、敦くんが貴女を助けようとした事を無駄にしたくないだけ…だよ」

「……」



何も言わなくなった鏡花を一瞥してから、東野は携帯を取り出した。
そして履歴から目的の人物を探し出すと、通話の釦を押す。それ程間も経たず、電話は繋がった。




「もしもし」

「早樹か。与謝野女医(せんせい)から電話はあったか?」

「ええ、それで敦くんを見つけたので救護をお願いします」

「判った。どの辺りだ?」

「後で位置情報を転送します。それと、敦くんだけでなくもう1人、今回の襲撃犯の一人である女の子もいるので……あ、抵抗する様子はないからそこは大丈夫なので、その子の保護もお願いします」

「ちょっと待て。お願い…ってお前は如何する心算だ」

「私は私でやることをやろうと思います……後輩にこんな姿見せられてしまっては、先輩としての示しが付かないので」

「は?どういう…――」
「ああ、国木田さん」



電話の向こうにいる国木田の声を遮って、東野は一度間を開けるとゆっくりと口を開く。




「…恐らく、襲撃は之で終わりではないです。貴方の後輩でもあるんですから、敦くんのこと、お願いしますよ」

「それは一体どういうことだ。何故そんな事が判る?」

「んー、予感……かな。根拠がないわけではないですけど」

「は?その根拠とはなんだ、っておい!……アイツ、勝手に切ったな」



通話終了の音を聞きながら国木田は一つ溜息を吐くと、仕方ないとばかりに歩みを再開することにした。
同時刻、電話を切った本人である東野といえば、電話を片手に「迷惑掛けます、国木田さん」と呟くと、敦達が居る方へ視線を移した。




「……あら」



そして東野は困ったように小さく漏らした。
其処には、先程まで起きて会話していたはずの鏡花が、敦と向かい合うように倒れていたのだ。
静かに近付き確認するが、息はある。もしかしたら、この状況で安心したのかもしれない。

東野は鏡花の頭を優しく撫でると、ゆっくりと立ち上がる。
そのまま鉄橋の方を向くと、少しだけ深呼吸をした。

そして、決意するように。
自分に言い聞かせるように。

はっきりとした口調で、呟く。



「⋯敦くんが、目の前の誰かを助けたいという一心で鏡花ちゃんを助けたんだ⋯――私も、少しだけ足掻いてみよう。だって、私は」



敦くんの先輩なのだから。


東野は携帯で位置情報を教える電子書面(メール)を国木田に送ると、鞄に入れていた受信機を片手に歩き始めた…――倒れる二人に一度だけ「ごめんね」と言い残して。



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