海底散歩と四拍子

□Murder on D Street
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電車にて行き先の違う乗り場に向かおうとする乱歩を敦が止める事、1回。
駄菓子が食べたいとごねる乱歩に今度お菓子作りますからと東野が宥める事、2回。
興味持ったお店に入ろうとする乱歩を敦と東野が引き留める事、3回。

事件現場である河川敷に辿り着く頃には、東野も敦も精神的に疲弊していたのは言うまでもない。





「遅いぞ探偵社!」



河川敷に着くと現場を指揮していると思われる男が声を掛けてきた。
見覚えのない人物に乱歩が「安井さんは?」と尋ねれば、彼は安井の後任で箕浦だと名乗る。そして、箕浦は早々に「探偵社は必要ない」と言い放った。




「莫迦だなあ。この世の難事件は須く名探偵の仕切りに決まってるだろう?」



然しながら箕浦の発言に対し、本当に小馬鹿にしたような表情で乱歩が言い返した。
すると、箕浦はフンと鼻を鳴らす。




「抹香臭い探偵社など頼るものか」

「何で」

「殺されたのが――俺の部下だからだ」





被害者は彼の言う通り箕浦の部下であり、そして女性だった。
遺体は今朝方川を流れていた所を発見され、胸部を銃で3発撃たれているという。
それ以外は不明で、殺害現場や時刻、弾丸すら発見出来ていないとのことだった。
職場の様子を見る限り特定の交際相手もなく、犯人の目星もついていない…と箕浦は説明した。


…と、河の方で捜査していた鑑識から「網に何か掛かったぞ」と大きな声で報告が入った。
その声に東野が首を傾げる。



「あれは、何ですか?」

「証拠が流れていないか、川に網を張って調べているのですが…」

「人だ!人が掛かってるぞ!」

「まさか、第二の被害者!?」




……ではなく、掛かっていたのは太宰だった。
足が網に絡まったまま、逆さ吊りの状態で能天気な声を上げる。




「やあ敦君。これは奇遇だねえ」

「ま……また入水自殺ですか?」

「いや、独りで自殺なんてもう古いよ敦君。私は確信した。矢張り死ぬなら美女との心中に限る!ああ、心中……この甘美な響き。其れに比べ、独りこの世を去る寂しさの何と虚しいことだろう!という訳で一緒に心中してくれる美女をただいま募集中」

「え?じゃあ今日のこれは」

「ふ、これは単に川を流れてただけ」

「……いっそ、其のまま海まで流れてくれれば良かったのに」



ぼそりと…然しながら少し大きめな声で呟いた東野に、敦はギョッとした顔で彼女を見た。
太宰はというと、其処で東野に気付いたかのように大袈裟な反応をした。




「早樹、君も居たのかい?ああ、でも矢張り、一番は君が心中してくれたらそ―…」
「御一人でどうぞ」

「……心中は一人では出来ないよ?」

「すみませーん、この人、もう一度川に流してあげてくださーい。網に引っ掛けたままでいいのでー」

「酷い!!」



そうは言うが太宰は楽しそうだ。
殺人現場だというのに全くそれを感じさせない二人のやり取りに、敦は冷や汗ものである。




「ところで早樹。こんな所で何してるの?」

「仕事です」

「仕事?何の?」




大きな溜息。
東野は呆れたように目前の光景を眺めた。




「な、何て事だ!かくの如き佳麗なるご婦人が若き命を散らすとは…!悲嘆で胸が破れそうだよ!どうせなら私と心中してくれれば良かったのに!」



彼女の目の前では、あまりにも不謹慎な男がそんなことを言って嘆いていた。
勿論、この不謹慎な男とは太宰である。

網に引っ掛かっていた個所を外している間、東野が事の経緯を説明した結果が之である。
これならばいっそ、説明しなければ良かったか…。
そう思うと再び大きな溜息が零れる。




「……誰なんだあいつは」

「同僚である。僕にも謎だね」




東野の隣で乱歩と箕浦がそんなやり取りをする…――目の前でこんな独り芝居のような良く分からない嘆き方をされたら、誰だって尋ねたくもなるだろう。
敦に至っては、東野と同じように呆れてものも言えないようである。

こんな状況であっても、太宰の大袈裟な独り芝居は続く。




「しかし安心し給えご麗人。稀代の名探偵が必ずや君の無念を晴らすだろう!ねえ、乱歩さん?」

「ところが僕は未だ依頼を受けていないのだ。名探偵いないねえ、困ったねえ」



乱歩は弱ったという風に漏らすと、何か思いついたと言わんばかりに先程から箕浦と共にいた巡査を指差した。




「君、名前は?」

「じ、自分は杉本巡査です。殺された山際女史の後輩――であります」

「よし杉本君。今から君が名探偵だ!60秒でこの事件を解決しなさい!」

「へえッ!?」



肩を叩かれながらそう宣告されれば、杉本と名乗った彼は酷く慌てる訳で。




「いくら何でも60秒は」
「はいあと50秒」



乱歩が問答無用で遮るものだから、杉本巡査は更に混乱状態(パニック)を起こしたように、「えっとえっと」と繰り返す。
それを傍目で見ていた敦は、「普段の僕もきっとこんな感じなんだろうな…」と内心思ったのは言うまでもなく。




「そ……そうだ!山際先輩は政治家の汚職疑惑、それにマフィアの活動を追っていました!確か、マフィアの報復の手口に似た殺し方があった筈です!もしかすると先輩は、捜査していたマフィアに殺され――」
「違うよ」



杉本巡査の推理を、固い声が遮った。




「マフィアの報復の手口は身分証と同じだ。細部が身分を証明する」




遮った声の主である太宰は、マフィアの報復の手口を其のまま説明し始めた。
まず裏切り者に敷石を噛ませて後頭部を蹴りつけ顎を破壊する。
激痛に悶える犠牲者をひっくり返して胸に三発銃弾を浴びせる……というものだ。

太宰の説明に、敦は「うえ」と顔を歪め、東野は無言で太宰の方へ目線のみを送った。




「この手口はマフィアに似ているけどマフィアじゃない。つまり――」
「犯人の偽装工作…ということですね」

「偽装の為だけに遺骸に二発も撃つなんて……非道い」

「ぶー!!」



突然耳元で乱歩が明るく大きな声で言えば、杉本巡査は目を見開いて驚く。
そんな彼に乱歩は「はい時間切れー。駄目だねえ君、名探偵の才能ないよ!」と言いながら頭をポンポンと叩いた。




「あのなぁ貴様!先刻(さっき)から聞いていれば、やれ推理だやれ名探偵だなどと通俗創作の読み過ぎだ!事件の解明は即ち地道な調査、聞き込み、現場検証だろうが!」



その様子を眺めていた箕浦は、思わず口を挟む。
すると乱歩は箕浦に、「はぁ?まだ判ってないの?」とせせら笑った。




「名探偵は調査なんかしないの。僕の能力『超推理』は一度経始すれば、犯人が誰で何時どうやって殺したか、瞬時に判るんだよ。のみならず、どこに証拠があってどう押せば犯人が自白するかも啓示の如く頭に浮かぶ」

「巫山戯るな、貴様は神か何かか!そんな力が有るなら俺たち刑事は皆免職じゃないか!」

「まさにその通り。漸く理解が追いついたじゃないか」

「――ッ!」



乱歩の言葉に箕浦の怒りが頂点に達したようで、拳を握りしめる。
それに気付いた東野は一歩前へ踏み出そうとするが、それよりも早く、太宰が仲裁するように乱歩と箕浦の間に入った。




「まあまあ刑事さん。乱歩さんは終始こんな感じですから」

「何しろ僕の座右の銘は『僕がよければすべてよし』だからな!」



乱歩の座右の銘を聞いて、敦は酷く納得してしまった。
因みにそんな彼の座右の銘は『生きているならいいじゃない』であり、やれやれと頭を掻く太宰は『清く明るく元気な自殺』、そして呆れたように苦笑いを浮かべる東野の座右の銘は『浅い川でも太宰は流れる』である。




「そこまで云うなら見せて貰おうか。その能力とやらを」

「おや、それは依頼かな?最初から素直にそう頼めばいいのに」

「何の手がかりのないこの難事件を相手に大した自信じゃないか。60秒計ってやろうか?」

「そんなにいらない」




箕浦の挑発に乱歩はシニカルに笑って懐から彼愛用の黒縁眼鏡を取り出した。




「よく見てい給え、敦君。これが探偵社を支える能力だ」

「乱歩さんはあの眼鏡を掛けると超推理のスイッチが入るらしいよ。久しぶりに名推理が聞けるなあ」




先輩二人がそうまで言う能力とは如何なるものか。
敦は期待し、緊張しながら乱歩の能力発動を見守った。

乱歩は眼鏡を掛け、そして唱える。
「異能力【超推理】」と。
彼の目に映るは真実。そして結末。
軈て乱歩は「成程」と言って、ブリッジを押し上げた。




「何が成程だ。犯人が判ったとでも云うのか」

「勿論。犯人は…――」




君だ。

そう云って指差したのは。



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