海底散歩と四拍子

□運命論者の悲み
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暫く走ると、少し先に見覚えのある背中が見えて東野はもう少し足を早めた。
その背中の少し後ろまで附くと、ゆっくりとその足を緩める。

背中は考え事をして彼女の存在に気付いていないようで、ただ黙々と歩き続けていた。
しかし、軈て何かを思ったかのように立ち止まり、そして溜息と共に小さく呟く。




「僕の行く処なんて…何処にもありはしない」

「へーそうなんだ」

「!?」



誰に言う訳でもなかった言葉に返事があって驚いた彼は振り返る。
其処で漸く、東野の姿に気付くと大きく目を見開いた。




「早樹…さん、何で」

「んー色々思うのだけど、其れは置いておくとして。そうねえ、一つハッキリ言わせてもらうと…敦くん、彼方、莫迦ね」

「は、はい…?!」



突然現れただけで驚きなのに更に先輩である東野に『莫迦』とハッキリ言われ、敦は茫然自失した。
それに対し、東野の方はふんと鼻を鳴らし少し満足したといった表情を見せると、ポンと敦の頭を撫でた。




「君は私に似ている……昔の私にね。でも、決して一緒ではない」

「え…?」

「それが放っておけない理由なんだろうね。でもまあ…きっと君は強い」

「あの……其れはどういう?」



撫でられたままで敦が東野に恐る恐る尋ねた。
琥珀のような黄色い目に、紺桔梗の瞳が映る…――その眼は、楽しそうに細められた。




「敦くんが思う程、君の新しい居場所は軟じゃないってことよ」

「それって…」




どういう意味ですか。
敦が尋ねようとした時、響き渡る音で彼らは咄嗟に音がする方角を見た。



「これは、銃声?」

「しかもこの方向は」

「探偵社、だね」

「何故探偵社が…」



敦と東野は互いに見合った。
東野は敦の表情を探るように、ジッと見つめ尋ねる。




「如何する、敦くん……って、あ」



質問に答えるよりも前に、敦は探偵社へと走り出していた。
考えるよりも早く。
兎に角自分の所為でこの状況を生み出しているのだとしたら…という遺憾を抱えたまま。

走る敦の後ろ姿を見送りながら、東野は苦笑を浮かべる。




「だから云っているのに……探偵社はそんな軟じゃないって」





東野の呟いた声を聴くこともないまま探偵社の建築物(ビルヂング)まで来た敦は、荷物を置き階段で4階まで上がった。
そして探偵社の扉を「やめろっ!」と叫びながら、勢いよく潜る。


然し、敦の目に移ったのは。

ポートマフィアと思われる男を床へと叩きつける国木田。
そして、同じようにマフィアたちを軽々と倒す、或いはその様子をのんびりと見守る探偵社のメンバーたちだった。

想像もしていなかった光景に愕然となる敦に、国木田が漸く気付いたようで男の腕を捻りながら怒声を上げる。



「やっと帰ったか小僧」

「えー…」

「ただいま戻りましたー。って、おー」

「早樹、お前も遅いぞ」



そこでやっと敦に追いついた東野が、彼の後ろから探偵社を覗き込んだ。
国木田の言葉に悪びれる様子もなく、「はい、これ1階に置いてあったよ」と言って敦に彼の鞄を手渡した。




「あ、ありがとうございます…?」

「まったく…これだから襲撃は厭なんだ。業務予定がまた大きく狂ってしまう。オフィスの再築(リフォーム)と壊れた備品の再購入に一体幾ら掛かると思ってる」

「まあ、襲撃した側が弁償してくれる訳ではないですしねえ」

「機関銃とはまた派手な襲撃だったわねェ。今回近所から来る苦情(クレーム)にお詫びの品を用意して挨拶に行くの、国木田君の番だからね」

「はあ……結局最悪な状況になってしまった」

「え!?」




国木田の言う『最悪な状況』というものが、今の状況だということに敦は言葉も出なかった。
…当然だろう、特殊部隊並の戦闘力を持つというポートマフィアの部隊をいとも容易く倒してしまったのだ。

呆然とする敦を隣に、東野は思わずクスッと笑みが零れてしまう。




「だから云ったでしょ、敦くん。此処はそんな軟じゃないって」

「国木田さーん、此奴ら如何します?」

「窓から捨てておけ。早樹、お前も賢治を手伝え」

「はーい」

「りょうかーい」




国木田の指示に手を挙げながら答えると、東野は賢治と共に既に銃で開いていた窓からマフィア達を外へと投げ始めた。
とは言っても、異能力で力持ちな賢治が殆ど投げてしまう為、東野は落ちていくマフィア達を眺めるだけだ。

マフィア全員を投げ終えた頃に、国木田は未だ手帳に書き込む手を止めないまま敦に「さっさと片付けを手伝え小僧」と声を掛ける。




「まったく、この忙しいのにふらふらと出て行きおって。貴様も探偵社の一隅。自分に出来ることを考えろと云っただろうが…――まあ、お前に出来る事は片付けの手伝いくらいだろうが?」



そう言って、国木田はチラリと敦の方を見た。其れは、厭味を交えたような眼で。
其処で、敦はやっと気が付いた。
…――自分に出来ることは、居なくなることではなかったのだと。

それは、孤児院を追い出された彼にとって、砂漠に広がった一滴の雫のように心へ染み渡っていく。




「ははは……」

「貴様、へらへら笑ってる暇があったら…」

「……敦くん?」



敦の異変に国木田は少し目を丸くし、東野は首を傾げる。
何故なら、敦は。




「なんだお前、泣いているのか?」

「な、泣いてませんよ!」



敦はそう返し後ろを向くが、明らかに敦は泣いており隠そうとしているのがバレバレである。
国木田はそんな敦に近付いて、そして言う。




「泣いてるじゃないか」

「だから泣いてませんって!」

「これだからなあ。まったく最近の若い奴の典型だ、お前は。仕事を命じても勝手に遊びに行く。ちょっと叱れば直ぐに泣く」

「違います!これは違いま…――」
「だって泣いてるじゃないか」

「泣いてるけど……これは違うんです!」

「国木田さーん、それくらいにしてあげたら如何ですか。敦くん、可哀想ですよ」




思わず口を挟んだ東野だが、その表情は笑みを堪えたままだった。
そして、ポツリとこの場の誰にも聞こえないように小さく漏らし、そして優しく微笑む。




「……君はもう、独りじゃないね」



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