海底散歩と四拍子

□運命論者の悲み
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敦と東野は衝撃音の元凶であった場所にやって来た。
そこは探偵社からそう離れていない倉庫で、まだ辺りは火薬と血の匂いが溢れ返っていた。
現場は既に軍警察が封鎖をしており、周りには何があったのかと野次馬たちが二人と同じように様子を見に来ていた。




「皆殺しだってよ」

「酷いな」

「軍警察の云うにはポートマフィアの武闘派…――その中でも特に凶暴な実働部隊『黒蜥蜴』っていう奴の仕業だって」

「黒蜥蜴?」

「特殊部隊並みに戦闘力を持っていて、然も恐ろしく残酷な連中だとか」

「……」



隣にいる男たちの話に耳を傾けながら東野がチラリと目線を移すと、敦はこの惨状に言葉も出ない様子だった。




「…大丈夫?」



敦の顔を覗き込むようにして東野が尋ねれば、彼は我に返ったかのように「あ…」と声を漏らす。




「大丈夫…です」

「あのね敦くん、一つ言っておくけど…――」
「すみません、早樹さん。先に…戻っておいてもらってもいいですか?」



何か言おうとしたところを敦は遮り、東野の言葉を聞かないまま何処かへと走って行ってしまった。



「……先を急ぐと良いことはないよ、少年」




残された東野は誰に言うでなく呟くと、小さく肩を竦める。
どうしようもなくなった彼女は溜息を残し、探偵社へと戻ることにしたのだった。





「おや?早樹、アンタ、新入りと一緒にいたんじゃなかったのかい?」

「与謝野先生」



東野が探偵社に戻ると、医務室から出てきた与謝野と出くわした。
敦と二人で探偵社を出た処を見ていたのだろう。不思議そうに首を傾ける与謝野に、東野はにこりと笑ってみせた。




「彼は今、しなくて良い葛藤の最中ですよ」

「葛藤?」

「葛藤です」



笑みを崩さないまま大きく頷けば、与謝野も納得したようなしてないような顔をして、「ふーん、そうかい」とだけ答えた。



「それにしても早樹。アンタ、随分とあの新入りに肩入れしているンじゃないのかい?」

「そう…ですね、そうかもしれません」



与謝野の指摘を認めた東野は照れ笑いのように小さく笑った。
そのあっさりとした反応に、与謝野は少しだけ目を丸くする。




「意外とあっさり認めたねェ」

「だって本当のことですから……私はですね、与謝野先生、彼に昔の自分を見ているのだと思います」

「昔の自分…?」



与謝野を聞き返すと、東野はゆっくりと頷いた。
そして口を開こうとして。




「……あれ、敦くん?」



扉の向こうで敦が過ぎ去ったのに気付き、小さく呟いた。
一瞬しか見えなかったが、敦は俯いており。



「そんな荷物抱えて何処行く気なの…」

「なんだって?」

「ごめんなさい与謝野先生。私、ちょっと行ってきます」

「ちょっと、早樹!」




呼び止める与謝野の声も聞かず、東野は敦が向かった先……昇降機(エレベーター)の方へと駆け出した。




「敦くんは…降りたのかな」



昇降機まで着くと敦の姿はなく、昇降機は既に下へと向かっているところだった。
東野は一瞬悩んで、階段で敦を追うことにした。




「一体何なんだ…」

「あれ、国木田さん」



階段で一気に一階まで降りると、調査報告書を抱え唖然としたような様子の国木田が立っていた。




「その報告書、どうしたのですか?」

「ん?ああ、早樹か。最悪の事態を想定してだな…――」
「ああ、矢張りそれは後で聞きます。それよりも敦くん、見ました?」

「お前な…」



呆れながら溜息を吐くと、国木田は顎で扉の外を指した。




「小僧なら『もう最悪な状況にならない』とか訳の判らんことを云って出て行ったぞ」

「あー成程…」

「それより早樹、此奴を運ぶのを…――」
「すみません、私少し出てきます」

「あ、おいっ!」




国木田の言葉を無視して、東野は敦の後を追いかけ、探偵社を飛び出した。



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