兎の姉弟。

□幽霊見たり枯れ尾花。
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「銀ちゃん、幽霊が見えるって本当アルか?」
ガタン!という大きな音は、銀時が急に立ち上がった音だ。
立ち上がったことには意味はない。
強いて言うなら「幽霊」という単語に対する脊髄反射のようなものだろうか。
今回は身体が逃げ出す前に思考が追いつき、静かに椅子に座り直した。
しかし心臓は、まだバクバクと激しい鼓動を続けている。
「女の子が幽霊なんて言うもんじゃありません!はしたない!」
「そんな常識初耳なんですけど……」
心なしか新八と神楽の視線が冷たい。
咳払いで間を取り、銀時は続けた。
「大体幽霊なんているワケねーだろ?いるとしたらスタンドに決まってるじゃねーか。」
「またそんな……」
「銀ちゃんが言うならその通りね。幽霊はいないし、スタンドは存在するわ。」
新八のツッコミを遮り、すかさず同意したのは銀時の実の姉、朱実だ。
「そうやって朱実が甘やかすから、銀ちゃんはいつまでたってもガキのままネ。」
「そうですよ、何でもかんでも肯定すればいいってもんじゃないですよ。」
「いいじゃない。銀ちゃんがそう言うんだもの。」
「そーだそーだ。幽霊はいない!」
「……じゃあ、あれは誰のスタンドだったのかしら。」
朱実が不思議そうに首をかしげた。柔らかそうな銀色の髪がふわりと揺れる。
「何か見たアルか!」
神楽がやたらと食いついてくる。子供達の間で怪談でも流行っているのだろうか。
「ええ、しばらく前なんだけどね……」
朱実によると、夜中に寝苦しくなり目を覚ますと、髪を振り乱した半透明の女が、隣で眠っている銀時の首を絞めていたらしい。
「ココで見たんですか!?」
「そうなの。それがね……」
首を絞めるのはやりすぎだろうと、追い払おうとしたが、体が動かない。
何とかできないかと思っていると、女の様子がおかしいことに気付いた。
女が何やらソワソワしている。
先ほどまで銀時を一心不乱に睨みつけていたのが、チラチラとどこかを見ているようだ。
その視線を辿ってみると、そこには眠る定春がいた。
「結局体は動かないし、しばらく様子を見てたのよ。」
すると、銀時を絞めつけていた手が少しずつ緩んでいき、最終的に定春をもふもふしながら消えていったと言う。
「ちなみにソレいつの話?」
「3ヶ月ほど前に、3日間泊めてもらったでしょ?その時。」
「……俺、ソレ見たわ。髪の長い女に首絞められたわ。その後すぐ寝たから、定春のくだりは覚えてないけど。」
「銀さんソレ気絶じゃ……」
「最後まで起きてたら面白いモン見れたのに、銀ちゃんは残念な子アル。」
可哀想なものを見る目で、神楽が言った。
「しょーがねーだろ!大体俺が見るスタンドは不気味な奴ばっかなのに、姉貴が見るのは大体変な奴なんだよ!」
「他にもあるんですか?面白い幽……スタンド。」
「そうねえ……ああ、その時、新八君の肩に生魚の幽……スタンドが乗ってたわね。」
「生魚アルか!新八だっせーアルな!」
「生魚ってスタンドになんの!?」
前回朱実に会ったのは、定春にやられた女が出たという時だから、その時のことだろう。
銀時がひっそりと危機に陥っている間に、自分は生魚を乗せていたというのか。
新八は必死に記憶を辿った。
「思い出しました……前回お会いした時に、肩の糸くずを取って下さいましたけど、その時のことですね?」
糸くずを取ってくれたようだったが、何かが落ちる気配もなく、何故か朱実がきょとんとした顔になったので気にはなったのだ。
「最初は本物の生魚だと思って、ツッコミ待ちなのかと思ったのよね。」
本物かどうか確かめるために、糸くずが付いていると言って触ってみたら、すり抜けたのだと言う。
「私は!?私は何かついてないアルか!酢昆布がいいネ!」
はしゃぐ神楽は、守護霊を見てもらうのと勘違いし始めているようだ。
「今は見えないけど、前にサメがいたわよ。」
「かっけーアル!ヒャッホウ!!」
「神楽も魚系かよ!」
「たまにしか見えないんだけどね。神楽ちゃんの足元に、2メートルくらいの立派なサメが、横たわってるの。」
「…………回遊してないんですか。」
神楽がソファの背中に向かって、三角座りしてしまった。
「ホラな!姉貴の見るスタンドは何かお茶目なんだよ!怖くねーんだよ!」
何コレ差別!?と銀時は続ける。
「俺なんて、夜中に目ェ覚めたら、天井に沢山の恨めしそうな顔が浮かんでたりするんだよ!?」
「あら。それ多分私も見たわ。」
「まさかまたココですか?」
「ええ、神楽ちゃんや新八君が来るよりずっと前だけど。あの時は寝ぼけてて、宝くじが当たりますようにってお願いしちゃったのよね。」
「ナニにナニ祈ってるんですか!」
「そしたらね、沢山浮かんでる顔が一斉に、『ハア?』って顔になって、すーって消えちゃったの。」
「最後まで起きてたら面白いモン見れたのに、本当に銀ちゃんは残念な子アル。」

「これは、銀さんと朱実さんが全く別のものを見てるってわけじゃなさそうだね。」
「すぐに気絶する銀ちゃんがヘタレなだけネ。私定春と散歩に行ってくるヨ。」
何もない床に向かって肉球パンチを繰り返していた定春は、神楽に呼ばれて嬉しそうに駆け出した。
「……まさかとは思いますが、あそこ、何かいたりします?」
「……実は最近なんだが……あそこ、落ち武者みてーなおっさんが顔を半分だけ出してんだよ。」
そこを見ないように、銀時が答える。
「あの人も可哀想にねえ……定春君がパンチするから、残機少ない髪がどんどん……」
「定春無敵ですか。」
「あんなに悲しそうな顔するなら、移動したらいいのに。」
「もー!そんだけ見えてて、何でお払いできねーんだよ!」
「しょうがないじゃない、プロじゃないんだから。それにさっき消えちゃったわよ?」
「銀さんよっぽど幽……スタンドに好かれやすい体質なんじゃないですか?」
「Y島忠Oかよ!嬉しくねーよ!」

数日後。
定春の散歩をしていた銀時は、万事屋から少し離れたスナックの店先にある花壇に、例の落ち武者のおっさんが植わっているのを見たと言う。
定春は、嬉しそうに肉球パンチを繰り出したそうな。
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