BL短編

□君はさながらポンペイの如く
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・仄暗いです。閲覧注意
・いつにも増して雰囲気文なセトカノ
・捏造注意
・ディセイブ記念とセト誕記念一緒くたにしちゃってますごめんなさい
・そしてセト誕がこんな暗いのですみません 愛はあるので許してください

・それでも宜しいかたはスクロール↓




























「例えば僕が死んだとして、世界は変わるのかな」
「俺にとっては変わるっすよ」
「生きてたって変わらないんなら、死んで変わったほうがいいかも」
「本末転倒じゃないすか」
「まあ長い目で見れば全部一緒だよねえ、あーやだやだ」

薄暗い部屋のベッドで、カノはヤケクソ気味な笑顔を浮かべつつ退廃的な言葉を延々と紡ぐ。
とはいえこれは発作のようなもので、それを毎回毎回見ているセトからすれば特筆するような事態でもない。
粋がったフリをして達観したがるコーコーセーのような言葉の羅列をぼんやりと笑って聞き流していたセトだが、しかし次に放たれた言葉は、ただ聞き流すには余りにも――自分の――命の危機を感じるものだった。

「そーいえばさあ、誕生日に死ぬって、なんかすっごいロマンチックじゃない。ねえ?」

ねえ、と同意を求められても、実際に今日誕生日を迎えたセトとしては生返事をするのも憚られるような内容である。
さてこれはどう返すのが最善か、と思案しつつ、とりあえず素直な感想をそのまま口に出すことにした。

「別にそうとも思わないっすけど」
「あーそお?じゃあ無理に押し付ける訳にもいかないよねえ」

空笑いするカノ。『それも素敵っすね』とでも答えていたら、彼は俺の首を絞めたのだろうか。
そんな考えがふと過り、想像を振り払うように、自分より一回りも二回りも小さいカノの身体をより強く抱き締める。
「苦しいよ」と言いながらもどこか嬉しそうに笑む気配をうなじに感じ、その背を擦った。
安心させるように、優しく規則的に背を叩いていると、毎度のことカノはこれに嗚咽を促され、呼吸を乱してセトに縋り付くのである。

「ねえセト、僕はセトのことが好きだよ。大好き。大好き。大好きなんだ」
「……」
「ねえってば。本当なの。嘘じゃない、本当なのに、本当のはずなのに、ねえ、セト、これは嘘なのかな。違うよね」
「……」
「もお、わかんない。違う僕がいるんだ、わかんない、わかんないよお」

カノはたまにこう情緒不安定になり、ヤンデレめいたことを口走るようになる。
カノのそれは幼子の癇癪のように支離滅裂で、どうしようもなく無様である。抑えきれない涙をぼろぼろと零し、普段の老成した表情とはまるで別人のように泣き喚くのだ。
それでも放って置いたら本当に命を絶ってしまうんじゃないかと思うほどの危うさは、安っぽい慰めの言葉を掛けることすら許さない。

「あ、っは……もう、やだ」

閉め忘れた蛇口のようにぼたぼたと、生ぬるいしずくが、セトのTシャツに染みを作った。

カノは嘘つきで、けれどそれは彼が望んだことではないのだろう。
笑顔で誤魔化すのではなく、笑顔で騙せてしまうから、誰もほんとうのカノには気付けなくて、嘘つきなカノは『寂しくなんかないよ』と嘲笑って。
けれど、嘘つきなカノと、その内にいるほんとうのカノとの間には、埋めることのできないすれ違いがある。ぎしぎしみしみしと静かに静かに音を立てて軋んだ心を、それなのにカノはまた嘘で覆い隠して。
持て余すような感情を、激情を、不安を、後悔を、嫌悪を、嘘で隠して隠して塗りつぶして無理やり呑み込んで、しかしそれは当然のことだが、小さな体に抱えきれるものではなく。
そうしてカノは、抱えたまま崩れそうになって、やがて自分のなかにあるその総てを、爆発するように吐き出すしかなくなるのだ。

「僕は汚いんだ、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、」
「俺は、カノが汚くっても、ずっと傍にいるっすから」

汚くても。そう言わないとカノがひどい癇癪を起こすのは、以前の経験から学習済みだった。
(『汚くなんてない』と言ったときには、部屋中のものをぐちゃぐちゃに投げて泣き喚かれた)
カノの発作に付き合うのはもう何度目かもわからないが(少なくとも二桁はとっくに越えただろう)、実は未だにカノのツボはいまいち理解できていないため、いちいちの一言にも気を遣う。
そのまま暫く黙り込んだカノを抱き締めていると、途端、何が切っ掛けかなど知ったことではないが、カノが狂ったように笑い出した。
げらげらというか、げひゃひゃというか、悪役っぽい笑い方である。腹がよじれるような嗤声は、決して聴き心地の良いものでもなく、というか笑い声の癖に全く面白そうではないのが不思議で堪らない。苦しそうというか悲しそうというか、曲がりなりにも笑顔だというのによくそんな複雑な表現ができるなあとセトは遠くから眺めるように感心する。
そうしてカノは、笑い始めたときと同じく唐突に、「――は、」と、息を止めるように笑うのも止めた。

「………………はーぁあ。あー笑った、ありがとーセト」
「はあ。どーいたしましてッス」

目尻の涙を拭ったカノは、悲しいほどにいつも通りで、飄々とした笑顔だった。
目は赤くなっているかと思えば、腫れぼったくもない。あれ程涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていたのにその痕跡もないということは、吐き出して復活して早速欺いているということだろう。
酔っ払いじゃねーんだから、と脳内独り言ちる。
それとも彼はマグロのような生き物なのだろうか。欺いていないと、生きていられない。
即座に、「あほらし」とセトは鼻で嗤う。カノはカノである。他の何でもなく、ただセトの愛する幼馴染だ。

「え、何が?」
「んー、カノがっスかねぇ」
「なにそれえ」

カノはけらけらと笑った。セトは笑わなかった。

「ねえセト、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう」

カノはどうして立ち直るのだろう。
ずうっと『ほんとう』の自分のままでいれば楽だろうに、どうしてわざわざ『きたない』自分に飛び込んでいくのだろう。
『ほんとう』から『きたない』カノに移るための儀式が、セトへの告白である。だったらそんな汚れたものなんてやめて、ずっとずっと、俺のそばで泣いていてくれたらいいのに。

セトはそんな思いを閉じ込めて、カノのようにこの小さな欲望が積み重なり折り重なり、いつか爆発して埋もれてしまうことのないように祈りながら、蓋をして、微笑した。

「ありがとう」




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