想葬パラノイア

□後日談
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こうして、二年間に渡る僕の片想いは遂に終わりを告げた。
今日からは両想いというやつだけど、まさかそんな言葉を自分に対して使うとは思わなかったものだから、なんだかすごくくすぐったくて恥ずかしい。

そういえばまだセトがいつから僕のことを好きだったのかを聞いてない。
まあこれからも聞く機会はいくらでもあるだろう、と僕は疑問をしまった。


しかしそれはそれとして、一度自室に入ってしまったからには、みんなのいる共用スペースにまた出なきゃいけない。
正直僕は、セトと付き合うことになって、どんな顔でみんな…特にマリーの前に出ていけばいいのかわからない。
とにかく恥ずかしくて仕方がないのだ。

いっそ今日はずっと自室で過ごしてもいいかと思うけど、それはそれで後々付き合ってるのがバレたら、
恋人同士が一つの布団で一晩を過ごしたってことで、言われのない勘繰りさえされかねない訳で。
それはどうしても避けたい。そこで僕は妙案を思いついた。一緒に出ていくって考えるから恥ずかしいんだ。
つまりセトが先に僕の部屋を出ていって、僕は明日の朝に出ていけばいい。
これは本当に名案じゃないだろうか。

早速セトに「ごめん、先に出ててくれないかな」と言うと、セトは疑問に思った様子もなく「わかったっすよー」と笑って、僕の部屋から共用スペースに出ていった。

完璧だ、これこそ神の不在証明…!と一人で悦に入っていたら、共用スペースの方からセトの声が小さく響いて聞こえてきた。
そこそこ防音が効いているこのドアを持ってしても遮断しきれないということは、
かなり大きな声で喋っているのだろう。
こっそり耳を澄ませてみると、


「カノと付き合うことになったっすよ!」


微かに耳へ届いたへらりとした爆弾発言は僕の算段を木っ端微塵に打ち砕いた。
反射的にドアをぶち破る勢いで部屋を飛び出し無言でセトにラリアットを極める。
賑やかな音を立てて床に倒れ込むセトと、
いきなり飛び出してきて見事なラリアットをぶちかました僕に、共用スペースにいた全員の目が集まった。
驚きと呆れが入り雑じった微妙な感じの視線だったと思う。

「い、いきなり何するんすかカノー!?」
「……っ!……っ!」

力仕事で無駄に筋肉の付いた強靭な体は、この程度では傷つきもしない。
セトはすぐに上体を起こし、真っ赤な顔で口をぱくぱくさせる僕に向き直る。

「だって隠してたってどうせすぐにバレるっすよ?」「確かにそうだけど、……そうだけどっ、…ええー……うわあぁ…!!」
「照れてるカノも可愛いっすねー」「ちょっと黙ってくれないかなセト!!」

四の字固めを綺麗に極めてしまったが僕は悪くないと思う。
しかし顔を赤くして怒る僕のその姿が余計に奇妙な信憑性を与えてしまったようで、
共用スペースが「はいはいバカップル爆発しろ夫婦喧嘩は他所でやってねー」的な空気になっていたことには遺憾の意だ。
キサラギちゃんの携帯から「きゃー!これが薔薇ってやつですね!」なんて声は聞こえるし、正直マリーの顔が見れなかった。







「……ねえ、カノ。ちょっといい?」

セトと付き合い始めて四日後。

僕はこれまで可能な限りマリーを避けて過ごしていた。
それは恋敵だったマリーからセトを奪ってしまった後ろめたさからだったけど、
あの日以来マリーから感じる、妙な圧迫感に恐怖していたのも原因だった。

しかし今日はキド、僕、マリー、コノハしかアジトにおらず、キドとコノハは買い出しに行ってしまったから大変だ。
僕はそそくさと自室に引っ込もうとしたところマリーに引き留められ、今に至る。
という訳だった。


「え、っと……」

マリーはエプロンドレスのスカートを握りしめ、頬をピンク色に染め、
何か言おうとしては視線をきょろきょろと泳がせ、言葉を詰まらせている。
僕は死刑執行を待つ囚人のような気持ちでマリーの次の言葉を待った。
どんな言葉が飛んでくるんだろうか。
「なんでカノなの」?「セトが可哀想」?
ひょっとすると、本当に石にされてしまうかもしれない。比喩表現じゃなく。

「あ、あのねっ」

僕は膝の上でぎゅっと拳を握った。



「ば、薔薇って、素敵だねっ!」



「…………は?」


ばら。バラ。腹。薔薇。rose。
……薔薇?


「……ごめん、意味がちょっとわからないんだけど」
「だ、だから、薔薇、だよ…!セトとカノがっ」

セトと僕が、薔薇?
セトは確かに花屋で働いてるけど、僕は花になった覚えは――。

そこで僕は思い出す。
四日前のエネちゃんの言葉を。


――これが薔薇ってやつですね!


「わ、私ね、この前セトとカノが一緒にいるのを見て、いいなあって思ったの!」
「…えーと…羨ましい、とかじゃなく?」
脳は現実逃避に忙しく、現状認識を全力で怠っている。
つまりどういうことだ。

「ちがうよっ!…ほんとに、胸があったかくなったの」
「……ねえ、マリーはさ、セトが好きなんじゃなかったの?」

マリーの言うことを信じない訳じゃなかったけど…でも、何か信じきることができなくて、僕はそんなことを聞いてしまう。
するとマリーは途端に口元をきゅっと引き結び、目を伏せて、暗く微笑えんだ。

「…………うん、そうだった、よ」
「……そんなの、」

マリーは慌てたように首を横に振った。
その姿は、私が言いたいのはそんなことじゃない、と主張しているように見えた。

「……あのね。私、セトが大好き。
私を世界に連れ出してくれたセトが好き。
でもセトはね、カノと一緒にいないと、幸せになれないんだよ。
……大好きだから、誰よりも、私なんかよりも、セトに幸せになってほしいの。
…………だから私は、これでいいんだ」

微笑むマリーを目の前にして、僕は何も言えなくなってしまった。
だってそれは、僕が二年かけても辿り着けなかった境地だったから。

「…ね、私、セトカノを応援するよ!」
「……ありがとう、マリー」

どこか少しだけ切なげで、でもとても明るいマリーの笑顔に僕は苦笑を返した。


突然セトを奪っていった僕に、嫉妬を覚えただろう。
なんで自分じゃなくて僕なんだと涙を流したかもしれない。
今も僕が憎くて仕方ないのかもしれない。


――それでもその全てを呑み込んで、
僕に微笑み、セトの幸せを願うその姿に、僕は「強いな」と思わずにはいられない。

マリーに諦めさせてしまった分も、絶対にセトを幸せにしてやろう。
そう僕は決意を固めたのだった。



この後マリーが本格的に腐女子として覚醒し、メカクシ団の女子を次々と腐に染め上げていくのは、また別の話。



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