□い
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「あ、教授」
「なんだね」
「こんな所にいるの、珍しいですね」

その人を見かけたのは、中庭のベンチだった。普段あまり外に出ない人だから、今日みたいな晴れの天気は正直、教授には似合わない気もする。

「外で本でも読もうかと思ってね」
「へぇ」

その発言通り、傍らには本が数冊重ねてあった。一体、どんな本を読むんだろうか。哲学? 純文学? はたまたサスペンス?

「何、読んでたんですか」
「ホームズだ。知っているだろう」

推理小説、しかも探偵もの。その発想はなかったなあ。教授は移入して読むタイプ…じゃないな、絶対に。第三者的立場か、あるいはワトスンか。もしかしたらコナン・ドイルかもしれない。自在に動き回る彼らを楽しんで見ているのだろうか。僕が思案していると教授はおもむろに立ち上がり、こちらを見た。

「仕事に戻る」
「あ、はい」

律義なんだよなあ。生徒に対しても、他の先生に対しても。そのせいか、口調のせいか、雰囲気のせいか、どこか周りから浮いている気もする。いや、周りが教授と一線を引いているのか? そのおかげで僕はこうやって話ができるわけだけど。

「…ホームズ、ねぇ」

教授のいなくなったベンチに腰掛け、空を仰ぎ見る。青い空、白い雲、どこをどう見ても文句無しの晴天だ。ここに来る途中で買ったイチゴ牛乳にストローを差し、中身を一口吸う。あー、もう温くなってる。

「僕は『恐怖の谷』が好きですけどね」

教授にもワトスンみたいな助手がいるのだろうか。あんまり想像つかないな。
降り注ぐ陽の光に微睡む午後二時、僕は一旦意識を手放すことに決めた。


イチゴ牛乳がどうなるかは考えなかった。






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