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□ふしぎ
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吉瀬美智子さん

いつも楽しみにしてますさんリク

「ふしぎ」



「やっほー」
「‥‥また突然の訪問だね」


仕事が終わって家に帰ってきた時、突然インターホンがなった。
もう夜の10時を回った頃。
誰だろうと玄関の覗き穴から外を見ると、コートの襟元に顔をうずめる美智子の姿が見えた。
扉を開けるなり「寒い寒い」と勝手に家に上がる。
まぁいつものことだからいいんだけどね。


「今日家に人いないからさー遊びに来ちゃった」
「明日仕事は?」
「午後から。ほら、お酒も持ってきたよー」

美智子はガサガサと袋を机に置くと、慣れた手つきでハンガーを取ってきてコートをかけた。
その間に何かおつまみになるものはあったかと冷蔵庫を漁る。
乾物しかない‥‥。我ながらおっさんみたいな冷蔵庫の中身だな。

「なんか名無しさんの家来るの久しぶりじゃない?」
「先週も来てたけど」
「あれ、そうだっけ」

あっけらかんと美智子は笑う。
ソファの前の机に2つグラスを運んだ。
美智子は早速自分で持ってきたお酒をあけている。

「名無しさんもワイン飲むでしょー?」
「んー最初はビール飲むー」

美智子の声を背中に聞きながら、おつまみと缶ビールを冷蔵庫から出した。
ソファに戻ると美智子は自分のグラスにワインを注いでいた。
その横に腰掛けるとふぅと一息つく。


「はい、乾杯」

美智子がグラスを私の方に傾けて、私もカチンとコップを合わせた。
乾いた喉に冷たいビールが美味しい。
こんなに寒い冬でも美味しいのは、冬でもアイスを食べるのと同じようなものだろうか。

「あー美味しいっ」

美智子がそう言って私にもたれかかった。
その右肩が自然と熱くなる。
お酒のせいだろうか。顔まで熱くなってくるような気がした。
お酒は強いはずだったのに。


「あれ?もう酔ってる?」

ニヤニヤと笑う美智子に「酔ってないよ」と言い返した。
またぐっとコップを煽る。

「あーやっぱり名無しさんといるのは落ち着くなぁ」

美智子はそう言いながら、片方の手で私の手を握った。
指先を開いたり握ったりといじられる。
その細長い指先と私の指先が絡んで、なんだか変な気分になるような気がした。

「そう?」
「うん。あ、ねえ、ちょっとビール飲みたい」
「あぁ、はい。」

美智子に飲んでいたグラスを差し出して、ふとその手を止める。

「あ、そういえば潔癖症だったっけ。今もう一個コップ持ってくるよ」

そう立ち上がった私の腕を美智子に掴まれると、私の手からのみかけのコップを奪った。
そのまま美智子の口元に運ばれる。
綺麗な首筋が上下に動く様を、私はきょとんと見つめた。


「あー美味しい」

何でもないように美智子はぺろりと唇を舐めた。

「あれ?大丈夫だっけ」
「うーん、なんかねー。名無しさんのは平気なんだよねぇ。」

最近気づいた、と美智子が笑う。

「旦那さんのもダメなのに、なんでだろうね。ふしぎ。」
「‥‥なんでかねぇ」


私は美智子から顔を反らすようにして頷いた。

じゃあ、結婚なんてしなければよかったのに。
私とずっと、一緒にいればよかったのに。
そんなことを思って、飲み込むようにコップを口に運んだ。

「ぷはー」

おっさんみたいに息をつく。
そんな私にくすくすと美智子は笑った。
お酒でほんのり蒸気した頬。
私の頬も、きっと今真っ赤だ。




(「好きだよ」
「え?なんか言ったー?」
「言ってないー」)


fin.
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