フェアゲーム

□二股
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『二股女、死ね』
悪意の塊のような紙を前に、黒子は小さなため息を吐いた。
朝、黒子の下駄箱に届く差出人不明の手紙はもう10通を越えた。ため息一つで憂鬱を飲み込めるくらいには、この状況にも慣れてきた。
責められるだけのことをしている自覚は、ある。一人でも勿体ないほどの人を二人も独占しているのだ。罵倒はむしろ当然のことだった。
だから、構わない。被害が自分一人に留まるのなら。
「よ、テツ」
「おはよう、黒子っち」
発信者の分かりやすい挨拶が近くから聞こえて、黒子は慌てて手紙を握り潰した。
「…おはよう、ございます…」
「あれ?」
首を傾げた黄瀬が黒子の手元に視線を落とす。数cmのヘアカットにすら気付く彼の観察眼は、こういう時に厄介だ。
「それ…」
「なんでもありません」
後ろ手に隠した紙を見て、黒子を見て、黄瀬は難しい顔で口を開いた。
「もしかして、ラブレター?」
「なに!?」
自分の感覚で話さないで欲しい。
不用意な黄瀬の発言は、それまで傍観を決め込んでいた青峰までを渦中に引きずりこんだ。
「どこのどいつからだ?」
「そんなんじゃないです」
否定も隠蔽も、火に油を注ぐだけだった。
あまりにも分が悪い。逃げ出そうとした黒子は、狩られる小動物よろしく一瞬で青峰に捕らわれた。
力尽くで手紙を奪った青峰と黄瀬は、内容を確認するなり表情を険しくする。
黒子はきっきよりも深く、息を吐いた。


「ほっといていい訳ねぇだろ!」
「黒子っちにもしものことがあったらと考えると不安なんスよ」
ふんわりした見た目に反し、黒子は相当に頑固だ。どんなに青峰が怒鳴ろうと、黄瀬が宥めようと、決して首を縦には振らなかった。
「これは、私の問題ですから」
優柔不断を糾弾されるべきは自分一人なのだと、黒子は線を引く。ならば。
曖昧な境界線など飛び越える。黒子と共犯になれるのなら、望むところだった。


「俺たち、付き合うことにしたから」
突然の宣告に、黒子は口を「は?」の形にしたままで硬直した。
「………誰と誰、ですか…?」
答えは分かりきっていたけれど、一抹の希望に賭けて問いを口にする。
黒子の正面に立つ青峰と黄瀬は、それぞれ己を指さした。
「俺と」
言いながら見事な線対象の動きで互いに指を向ける。
「黄瀬」
「青峰っち」
そして二人は、今年一番のどや顔を見せた。
黒子の思いは、声にならなかった。
―――こいつら、本物の馬鹿だ。


「青峰っち、あーん」
「よせよ。みんな見てるだろ」
本当にやめてくれ。
教室の真ん中で繰り広げられるラブラブアピールに、クラスメイトたちは一様に昼食を運ぶ動きを凍らせた。
「俺の玉子焼きが食べられないっていうんスか」
「黄瀬、それじゃ絡んでくる酔っぱらいだから」
「…青峰っちのために頑張って作ったのにー」
「どう見てもコンビニ弁当だが、まぁ良し」
黄瀬の箸から青峰の口へと玉子焼きが消える。どこかの机に誰かの箸が落ちる、乾いた音がした。
「テツ、なにそんなとこに突っ立ってんだ」
「黒子っちもこっちにおいでー」
二人を囲うようにして不自然に作られた空席に手をかけて、青峰と黄瀬は黒子を呼ぶ。黒子の答えはもちろん、一つだった。
―――超嫌だ。


下駄箱からはらりと紙が落ちる。
匿名の手紙を貰うのも久しぶりだ。
黒子は紙を拾い上げてひっくり返す。そこにはいつものように、端的なメッセージがあった。
『頑張れ』
―――何をだ。


2013/6/27

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