黄瀬×テツナ(大学時代)

□叫ぶ左手
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付き合いの長さに対して、黒子が黄瀬とデートらしいデートをした思い出は、数えるほどしかない。
年を重ねる毎に黄瀬の知名度は上がっていく。どんどん一緒に出歩くのが難しくなっていく。
だからこそ前日なかなか寝付けない程に、今日を楽しみにしていた。メイクもしっかりデート仕様にしてもらって、身も心もふわふわと浮わつく。
今日は、黄瀬と遊園地に行く。


叫ぶ左手


平日の遊園地は思いの外、人が少なかった。ちらほらとカップルの姿が目につくくらいだ。
堂々と手を繋いで歩ける彼らを羨ましく思わないこともない。けれど、傍らの楽しそうな黄瀬を見るだけで、自然と頬は緩んだ。
「遊園地なんて久しぶりっスー」
パンフレットを片手に乗り物を物色する。
「とりあえずアトラクションは制覇するとして」
「そうなんですか?」
アトラクションはいくつあっただろうか。紙面上で確認する黒子に、黄瀬は期待に輝く笑顔を向ける。
「まず、なにから行こうか?」
「そうですね…」
顔を上げた黒子は、目の前にそびえ立つ鉄骨を指さした。
「まずは軽く、ジェットコースターいっときますか」
「それって軽いの!?」


黒子が遊園地に来るのも久しぶりだ。
座席に座ってセーフティーレバーを下ろすと、期待と不安に心臓が高鳴った。
「ちょっと緊張しますね……」
隣に話しかけた体勢のままで固まる。そんな黒子以上に、黄瀬は硬直していた。
「黄瀬くん…顔色ヤバイです」
彼の顔は病人レベルで真っ青だ。
さすがにいきなりジェットコースターは厳しかったかと後悔するも時は既に遅く、発車のベルが鳴り響いた。
「絶叫系、駄目なんですか?」
「…久しぶり過ぎて、駄目かどうかも分かんないっス」
ああ、これは駄目そうだな。
どうしたものか考えているうちに、無情にもコースターは動き始める。ギギギ…と鈍い音を立てる車輪と同じ音を立てて黄瀬がこちらを向き、黒子を呼んだ。
「…お願いが、あるんスけど…」
「はい」
「…手、握ってて」
差し出された左手を取ると同時に、コースターは急降下した。
せっかくのセットが乱れる、と片手で髪を押さえた黒子は、それどころじゃなかったと思い出して隣に声を飛ばした。
「黄瀬くん!大丈夫ですか!?」
返事はない。強風と乱れる髪で隣の様子を窺うことも出来ない。けれど黄瀬の心情は、加減無く握りしめられた手が、雄弁に語っていた。
とにかく今は一刻も早く終点に辿り着くのを祈るばかりだ。
あとどれくらいだろうかとコースを確認した黒子は、ふとあることを思い出した。このジェットコースターは落下中の姿を写真に収めるのだと、順番待ちの時に聞いた。
コースターは最後の落下地点に差し掛かっている。
「この辺で写真撮影ですよ」
伝えると、黄瀬の左手からは微かに力が抜けた気がした。


「黄瀬くんはすごいです。プロです。感動しました」
「…どーも」
迷うことなく写真を購入し、次のアトラクションの物色に戻る。
並んで歩く黄瀬はふらふらのガクガクだ。それなのに。
黒子は手元の写真に目を遣った。落下中の一瞬を切り取られたはずの黄瀬は、がっつりカメラ目線で非の打ち所がない笑顔を浮かべている。そんな表情をされてしまえば、固く結ばれた手は恐怖に耐えきれずすがったもの、ではなくてただのラブラブアピールにしか見えない。
彼のプロ根性には脱帽する。
「次はなに行く?」
ちょっと回復したらしい黄瀬が尋ねる。
「そうですね…」
黒子は目の前の雰囲気ある建物を指さした。
「黄瀬くんの気が休まるように、お化け屋敷行きますか」
「それって休まるの!?」
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