■おかしなノリの話

□終わりなき戦い 3
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―――いち、に、さん、し…。
黄瀬は心の中で、黒子の腕立て伏せの回数をカウントする。
―――ご…ろく……な……あ、駄目か。
腕がぷるぷるし出し、カウントの速度が下がったと思ったら、黒子はうつ伏せでぐったりと体育館の床にへばりついた。
「黒子っち、無理しないで」
「うるさいです」


終わりなき戦い 3


「あーあ…これはきっと筋肉痛になっちゃうっスね」
黄瀬は慣れない酷使で疲労が詰まった黒子の腕を、甲斐甲斐しく解した。
「俺としてはあんまり鍛え上げないで欲しいんスけど」
「あなたたちを見返せるのなら、筋肉ダルマも本望です」
黒子は憮然とした表情で返す。
黄瀬は黒子の意固地さに苦笑した。
「ちゃんと体を作るなら、そんなに急にやったら駄目っスよ」
「手伝ってくれるんですか…?」
黒子が上目遣いで問うと、黄瀬はもちろん、と頷いた。
「体力をつけたいのなら、俺が手取り足取り腰取りみっちり指導するっスよ。一緒に良い汗かいて…ぐはっ」
言い終わるのを待たずに黒子は黄瀬の腹に拳を叩き込んだ。
煩悩の塊の傍にいるのは嫌だと立ち上がる。
「冗談っスよ!行かないで黒子っち、あー」
黒子は、振り返りもしなかった。


「青峰くん、お願いします」
「なんで俺なんだよ」
「たまたま近くにいたからです」
「失礼な奴だなお前」
青峰は面倒そうに曲げた首に手をやった。
「体力なんて黄瀬に言えばいくらでもつけてもらえるだろ」
「紫原くんのところに行きます。さようなら」
「分かった分かった!」
言うなり踵を返す黒子を止める。
「それで、お前はどれくらい強くなりてーんだ?」
「黄瀬くんを殴り倒せるくらいまで」
青峰は静かに目を閉じた。
「…茨の道になるぞ」
「覚悟の上です」


「あれ?黒子っち、少し筋肉ついてきたんじゃないっスか?」
まだ頑張ってるんスねー、と黄瀬は僅かに締まった黒子の腕を触った。
「怒りと屈辱に震えた日々も、今日までです」
「?今日で筋トレは終わりっスか?それが良いと思うっス」
黄瀬が一人で納得していると、複数の足音が聞こえた。
「あ、緑間っちと青峰っち、早いっスね」
黒子と二人きりだった体育館に、やけに緊迫した雰囲気の二人が現れる。
「…どうかしたんスか?」
黄瀬が緑間と青峰に気を取られている隙に、黒子はボール籠を用意すると無言で立つ二人の傍らに置いた。
そして自分は離れた場所に立ち、声を張り上げる。
「お願いします!」
まず青峰が一つボールを手にすると、試合中と遜色ない勢いで黒子にボールを投げつけた。
「黒子っち!」
ぶつかる、と思った黄瀬の予想に反し、黒子は危なげなくボールを受けると間髪入れずに―――黄瀬に向かって投げた。それも豪速球といえる速度で。
「うわ!…ぐ…っ!」
完全に意表をつかれた黄瀬は、直撃を腹に食らう。
思わず負傷箇所を押さえた腕に、追撃がくる。
「いっ…た、ちょっと黒子っち…!?」
青峰と緑間から交互に黒子へとボールが供給され、それは全て高速で黄瀬へと発射される。
あの細腕から繰り出されているとは思えないほど、一撃一撃の当たりは強烈だった。
「ま…待って黒子っち!なん…でっ!」
反論など認めない。
無心にボールを投げ続けるうちに、黒子の中で緑間からもらったコントロール力と、青峰からもらった筋力が一つになった。
黒子はボールを受け取った勢いを殺すことなく体を回転させて、遠心力を上乗せした一発をお見舞いした。
「黒子っち…っっ!!」
今までで一番の衝撃に、黄瀬は声もなく膝から崩れ落ちる。
どうして自分がこんな目に遭うのか分からない。分からないけれど。
「…なんか…すいません、でした…」
それが、黄瀬の最後の言葉だった。
息を切らす黒子の傍らに、共犯者二人が歩み寄る。
「良い球だ、テツ」
「良いコントロールだ、黒子」
「青峰くん…緑間くん…」
黒子が差し出した両拳に、各々が拳を当てて応える。
黒子は晴々と微笑んだ。
「自分のバスケが、分かったような気がします」


黒子の完全勝利だった。


fin 2012/10/17

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