最強キラーシリーズ

□最強キラー 6
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第4Q残り1分。8点ビハインド。
例えるならばそれくらいのピンチだった。


最強キラー 6


冷や汗が止まらない。
睨むように相手の目を見て、脳内でシミュレーションを行う。
―――抜けるか?
いや、無理だ。自分がどう動いたとしても、確実に捕まる。それは間違いない。
火神が一歩後退ると、相手は一歩前に出る。隙など微塵も見せない目の前の強敵を思えば、キセキの世代なんて可愛いものだった。
だってあいつらには牙はない。どんなに怒らせたって、噛まれることはない。
うう…と歯を剥いて威嚇する目の前の犬に、火神は泣き出す寸前だった。
2号のおかげで小型犬には割と慣れた。しかしこんな獰猛な大型犬を前にすると、過去の傷痕が疼いた。噛まれる恐怖に心が折れそうになる。
犬が飛びかかろうと体勢を下げたとき、後ろから追い討ちがきた。
「わん!」
―――囲まれた。
火神は自らの短い人生と背後振り返り、目を剥いた。そこにいたのは犬ではなかった。だが、ある意味囲まれたのは間違いなかった。
「なにしてんスか、火神っち」
場違いなほど呑気な口調で、黄瀬は火神と犬を見る。
「俺以外のワンコと戯れるなんて酷いっス。浮気者」
「………何から突っ込めばいいのか分かんねぇ…!」
黄瀬は固まる火神の横をすり抜けると、犬の前にしゃがんだ。
「俺の火神っちに手を出したら駄目っスよ」
「お前のじゃねぇよ!」
黄瀬は無謀にも犬に手を伸ばす。
噛まれる―――と怯んだのは火神だけで、牙を収めた犬は黄瀬に撫でられるまま、別の犬のように大人しくしている。
「火神っちが無駄にビビるから、興奮しちゃっただけっスよねー」
わしゃわしゃと首元をかき回せば、犬は緩く尻尾を振る。
火神が呆然と見守る中、黄瀬が背をぽふぽふと叩くと犬は方向転換して去って行った。
尻尾の先まで視界から消えると、黄瀬が振り返る。
「大丈夫スか?」
「ああ。…助かった」
黄瀬は微笑んで頷く。
「礼には及ばないっス。けど火神っちがどうしてもというのなら、頭を撫でるが良い」
「どうしてもとは言ってねぇよ!」
でも、と火神は思い直す。
端から見れば大したことないかもしれないが、火神にとって黄瀬は命の恩人にも等しい。お礼くらいした方が良いのではないだろうか。
戸惑いながら手を伸ばす。だがその金色に触れることは叶わなかった。
がぶり。伸ばした火神の手に、黄瀬が噛み付いた。
「ぎゃああああ!!」
叫び声が響き渡る。黄瀬はすぐに口を離すとふん、とそっぽを向いた。
「浮気した罰っス」
「…そん…な…」
がくっと火神は膝を付いた。黄瀬が去って行く足元が見える。
試合終了。完敗だった。
一つ、訂正したい。
あの訳が分からない生き物と比べれば、本物の犬の方がずっと可愛い。


fin 2013/01/06



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