黄瀬×テツナ(中学時代)

□伸ばした手の行方
1ページ/3ページ

すれ違う人々がちらちらとこちらを振り返る。
まぁ、そうだろうな、と黒子は思った。
傍らには当たり前のように黄瀬の姿がある。
試合中なのに、貴重なハーフタイム中なのに、わざわざ買い出しについてきたのだ。選手の癖に。
うっかりため息を吐いてしまうと、すぐに横から声がかかった。
「大丈夫?重い?やっぱり持つっスよ」
「結構です」
ついてきても良いが、絶対に荷物は持たせないと約束した。
飲み物の5、6本くらいならいくら黒子でも一人で運べる。大事な選手の体力をこれ以上消耗させられない。
「黄瀬くんは試合のことだけ考えていてください。次勝てばベストエイトでしょう?」
「あー…そうだっけ…?」
ベストエイトなど、所詮は通過点でしかない。それは決して過信ではなかったけれども。
どんな試合でも万全な状態で出られるようにするのがマネージャーの努めだ。
どうかこの志を無にしないで欲しい。
そんなことを考えて、脱力していたのが良くなかった。
黄瀬に目を取られたらしい人がぶつかってきた衝撃を、黒子はまともに受けた。
更には足場も悪かった。
よろけた背後は階段で、後ずさった足は空に落ちた。
「黒子っち!」
黄瀬が手を伸ばす。黒子はその手を取ろうとして、思い留まった。
―――もしも、黄瀬を巻き込んでしまったら。
黄瀬は選手だ。それも、奇跡と称えられるほどの。
大会中に怪我など、絶対にさせられない。
上げかけた腕をそのまま下ろす。
黄瀬の叫びを耳に、黒子はきつく目を閉じた。


「テツナちゃん…」
桃井は怒っていた。多分、怒ろうとしていた。
しかしその目には今にも零れ落ちそうなくらい滴が溜まり、どうしようもなく声は震えていた。
「きーちゃんを庇おうとしたのは、分かるよ。確かにきーちゃんにもしものことがあったら、取り返しがつかないかもしれない。だけど、だけどね」
桃井は黒子の両腕を掴んだ。
「どうして守る順番が、1.きーちゃん、2.飲み物、3.自分なの!?」
ぽろぽろと桃井の目から涙が零れる。
「…すみません」
別に飲み物を守ろうとした訳ではなかったが、結果そうなってしまった。
黒子が手放さなかった飲み物は重力のままに黒子にふりかかり、体のあちこちに打撲を作った。
しかし自重の軽さが幸いしてか、他の怪我らしい怪我は変な風に着地してしまった左手のみだった。
「とりあえず、こんなんで済んで良かったよー」
抱き着いておいおい泣く桃井の背をあやすように撫でる。怪我の手当てまでしてもらって、彼女には本当に頭が上がらない。
「今日はもう帰る?」
「いえ、最後まで見ていきます。右手だけでもやれることはありますし」
「そっか。でも無理はしないでね」
桃井と共に控え室からコートに戻る。選手陣はちょうどベンチから立ち上がったところだった。
「おうドジっ子。手当ては終わったか」
「全く愚かなのだよ、黒子」
「うわー、黒ちん大丈夫?痛い?」
「無理せず今日は帰ってもいいんだよ、テツナ」
次々に労りと呆れの声がかかる。
一人からを除いて。
「おっし、じゃあ行くか」
コートに入るメンバーの最後に黄瀬がいた。
「黄瀬く…」
黄瀬は黒子を一瞬だけ見てすぐ目を逸らす。
その背中ははっきりと、黒子を拒絶していた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ