黄瀬×テツナ(中学時代)

□Call 〜side B
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もう自分は死ぬんじゃないだろうか、と黄瀬は思った。


Call 〜side B


疲れた。
休憩、の声を合図に膝から崩れ落ちそうになるくらいに。
重い体を引きずるようにして控え室に帰る。
朝から何も口にしていない体は空腹を訴えている。だけど心はそれよりも、温かいものを求めていた。
黄瀬は腕を伸ばして携帯を取ると、短縮ダイアルから恋人の名前を選んで通話ボタンを押した。
「はい…!」
1コール経たずに黒子の声がする。
電話を待っていてくれたのだろうか。
嬉しくて愛しくて、思わず笑う。
黒子の声は穏やかで、逆立った神経が鎮まる気がした。
「…じゃあ、体に気を付けて。頑張ってください」
「うん。寝る前にメールして。そしたらもう電話しないようにするから」
「はい」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
たった数分で通話が切れる。それでも耳には甘い黒子の声が残る。
黄瀬は深く息を吐いた。
「…よし」
これであと、3時間は頑張れる。


黄瀬は死にそうな顔で帰りの車を待っていた。
結局今日の撮影が終わったのは、頑張れるぎりぎりの深夜1時過ぎだった。
携帯を開く。黒子からのメールはない。
まだ起きているのか。それともメールを忘れて寝てしまったのか。
「…きっと寝ちゃってるっスよね…」
携帯から下がるシロイルカに問う。
でも、声が聞きたい。どうしても今、声が聞きたい。
黄瀬は携帯を操作して、黒子の番号を呼び出した。
3コールだけ、と言い訳して通話ボタンを押す。3コールしても出なかったら、今日はもう諦めるから。
1コール、2コール、3コール目が鳴り終わるその直前で、コール音が消えた。
「……はい…」
電話口から聞こえる黒子の声に、諦めかけた心に光が射した。
「黒子っち…!」
「…きせ…くん…?」
だが黒子の反応は鈍い。
「ごめんね。寝てた?」
「…寝…てない、です」
黒子は否定する。その声も掠れているというのに。
「…そっスか」
つい笑ってしまうと、電話越しに小さな息遣いを聞いた。
黒子が膨れる様子が目に浮かぶ。
「じゃあちょっとだけ、話しても大丈夫っスか?」
「はい」
何から話そうか、黄瀬が迷ったその一瞬に、黒子が言葉を継いだ。
「黄瀬くんは、大丈夫ですか?」
「もちろん!俺は黒子っちの声を聞かないと一日が終わった気がしな…」
「いえ、そうではなく」
被せて言葉を切る。黒子はもう一度、訊いた。
大丈夫ですか?
もちろん、と言うはずの黄瀬の口は動かなかった。大丈夫だと、肯定できない。
あまりにも優しく黒子が傷を労るから。
「……」
必死で固めてきたものにひびが入る。剥がれ落ちた隙間から、本音が零れた。
「…ツラいっス」
「…はい」
「疲れたっス」
「はい」
「死にそうっス」
「はい」
溢れかけた感情に、声と携帯を持つ手が震えた。
「…黒子っちに、会いたい」
「…はい」
黄瀬は目元を押さえた。電話で良かったと思った。
泣きそうな顔なんて、見られたくない。
「…ごめん。弱音吐いて」
「いえ…」
黒子が言葉を選ぶ、間があった。
「…私の前でくらい、格好良くなくてもいいんですよ」
傷が癒える。沈殿していた良くないものが出ていき、ただ幸せで満たされる。
「…ありがと。おやすみ」
「おやすみなさい」
穏やかな挨拶で、黄瀬の一日が終わる。
黄瀬は携帯を下ろして天を仰いだ。
心が軽い。自然と笑みが零れる。
「…よし」
これであと、1年は頑張れる。


fin 2012/10/23

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